2010.11/08(Mon)

22の魔法

                             慧南

「ん......ちょっと......あとちょっと........あっあー! 待って待って! 動かないの! こらっ!」
何で異国でこんなことしてるんだろう?
淳は、震える指先を目いっぱい伸ばしながら考える。
その先の枝には一匹の子猫。
のぼるだけ登って、どうやら自分では降りられなくなったらしい。
身動きが取れずに、揺れる枝先で怯えている。

「おねえちゃん~! ミーコ、だいじょうぶ~?」
「だいじょぶ大丈夫! 今助けてあげるからね! おおっと!」
自分の体勢も危うい状態なのだが、ここまで来たらもうあとにはひけないってもんだわ。

長年音信不通だった叔父をたずねてきたのはいいけれど、やっぱりはるか昔に引っ越してたらしい。
子供の頃会ったっきりの、いとこにも会いたかったんだけどな。
どうしたもんかと歩いていたら、泣いてたあの子に会って。
んで、まあ、こうなっちゃったわけで......

よし、よし! ニャンコ、そのまま動かないで~! よっ。とっ。
よーし、つっかまえた~! え?
あれ? あれ?
何かかたいものがあたしの腕や体をこする。
つかまえたニャンコごと、あたしは高い木の上から? ちょ、ちょっと待って~!

いやあぁぁぁぁぁ!

べきばきだの、ざざざざだの、どすん、だの......
ああ、こんなところであたしの一生終わりなの?
なに? ここってもう天国なの? なあに......?

瞼を開けると、知らない男性があたしの顔を覗き込んでる......え? ええ~!? ちょ、ちょっと。怖い!
跳ね起きたあたしは、咄嗟にそのへんにあったもので彼の顔面を叩いた!
「いてぇ! 何すんだおめぇは?」
ひゃああぁぁぁ! やっぱり怖い~ぃぃぃぃ!
鬼? なに? ここ地獄? え~ん、あたしそんな悪いことした?
「ミーコ、よかったね、よかったね! おねえちゃん、おにいちゃん、どうもありがとう!」
へ......?
あの子の声に薄目をあけて、そ~っとあたりを見回せば。

ニャンコを抱いた、あの女の子。
そこらじゅうに散らばった、枝や葉っぱ。
一面にぶちまかれた.......きゃあぁぁぁ! あたしのバッグの中身!
ということは、ということは、さっき、ひっぱたいたのは.......!

俯くと、あたしの下に、男の人がいた。
あの怖い顔の。
やばいことに、あたしは彼の上に、う、う、馬乗りに........
あたし......自分のバッグでもしかして、この人のこと、おもいっきりひっぱたいた......とか?

「いつまで乗ってる気だ」
へ?
「だから、いつまでそうしてる気だ!」
わああぁぁぁぁぁ!
腰を抜かしたまま、秒速でとびのいたわよ!

「おねえちゃん、おねえちゃん」
え? な、なに?
「おにいちゃんがね、助けてくれたんだよ。おねえちゃんが落っこちそうになったときにね、すんごい勢いでね、とぶみたいに登って、おねえちゃんとミーコを抱えてくれたんだ~。でも、重いから、みんなで落ちちゃったね!」
は? はは........
た、助けて? たすけてくれたの?

あらためて見た彼は、既に立ち上がってて、服の汚れをぱんぱんと叩いている。
「す、す、すみません~! あたしったら.....あたしったら.....なんてこと.......」
怖い人はちらりとあたしを見たかと思うと、手を出した。
は?
「ご、ごめんなさい.......あたし......旅先なんであまりもってなくって」
「はぁ?」
「え~っと、治療費ですよね? 慰謝料なのかなこの場合...」
怖い顔が俯いた。
え? ヤバかった? 怒らせたあたし? いや~! 今度はあたしが殴られるの~?
目の前の彼の肩が震えてる。ヤバ。こりゃ本気だわ。本気で怒らせちゃった。どうしよ.......え?

ぶ、ぶぶ.......くくく.........

あ、あれ?
も、もしかして。もしかして笑ってんのこのひと?

「おかしなやつだな........く........くく.......はは.........」
ありゃ........
「普通こういう場合、立つのに手を貸してるって、思わねぇか?」
「あ、は.......ども.........」
「怪我はねぇか? ああ、けっこう派手にすりむいてんな」
「え? だいじょうぶ! たいしたことないです! そ、それより」
何気に自分の服の汚れもはたいてくれる、目の前の彼に釘付けになりながら。
「............たすけてくれて、ありがとう」
やっとの思いで、それだけを口にした。

「チビも、よかったな。ニャンコ無事でよ」
「うん」
「じゃあな。女はあんまりオテンバするもんじゃねえぜ。パンツが見えちまうからな」
咄嗟にスカートをおさえてへたりこむあたし。
彼は笑ってその場を去っていった。
「........なによパンツって。あたしスパッツはいてるじゃない......」

それから、散らばった荷物を拾ってホテルに帰ったあたしは愕然とした。
「ない........パスポート......おとした......」
あのとき、あのあたりにぶちまけたんだ。
もう一回、バッグをさかさにして振る。そのとき、微かな金属音がして、見慣れないものが床に落ちた。
小さなプレートに鎖が通されている。ネックレス状だけど、鎖は切れていた。
(あたしのじゃないわ......)
見ると文字が刻まれている。
(ジュゼッペ・アサクラ....カテリーナへ愛を込めて.......?)

ジュゼッペ・アサクラ?
カテリーナ?
おじさまと、おばさま?

あたしは、慌てて飛び出した。
あの公園に。
もし、これがあのひとの落としものなら。
あなたは、あなたは.......

日が暮れるまで、あのあたりを探した。
でも、出会えなかった。彼には。
そして、パスポートも.......

(ともかく、紛失届けは出さなきゃだわ.....)
重い足取りでホテルに戻ると、フロントで呼び止められた。
「ミス・アサクラ?」
「はい?」
「お留守の間にお届けものがございましたので、お預かりしております。ただいまボーイが、お部屋までお届けいたしますので」
「え、ありがとう...ございます...」
そして、あたしが受け取ったのは。
鮮やかなビロードレッドの薔薇の花束、それとパスポート!
添えられたカードには。

(HAPPY BIRTHDAY TO あわてんぼうの淳)
荒っぽい字が躍っていた。

なに、HAPPY BIRTHDAYって......

そのときあたしはようやく気づいた。
今日があたしの誕生日だったってことに。

それから、届けてくれたお花屋さんに事情を説明して。
あたしは彼の電話番号をゲットしたの。
「なんだ、もう、みつけちまったのか?」
電話の向こうで彼の声が楽しそうに笑っていた。
「いつから気がついてたのよぉ?」
「みかけたときからさ」
「嘘ばっかり。だってあたしたち、ほんのちっちゃな頃に会ったっきりなのよ」
「他人のためにあんな無茶できる女はそうそういねえさ。おめぇだって、俺ってわかんなかったんだろ?」
「だって、そんな顔に成長してるなんて思ってもみないって」
「なんだよそんな顔って」
あたしと彼は、電話越しに思わず笑った。

「あたしも渡すものがあるの。大事なもの、なくしたでしょ」
「なんだ、おめぇのとこだったのか」
「会ってくれるよね?」
「あたりめぇだ。そのまま持ってかれちまったら困るからな。なんせ形見だ」
「そういえば、あたしが22歳になったって、どうしてわかったの? 誕生日とか知らなかったよね?」
「そりゃあ、おめえのことなら何でも知ってるからさ」
「嘘ばっか.....調子いい。あ、まさか.....? .パスポート見て、あたしだってわかって?.....生年月日とかも? それで?それでなの? ちょっとぉ!」
「さすがだぜ、朝倉淳!」
受話器の向こうで大笑いをする彼。なによ。
まあいいか。それでもいいわ。
今度会ったら突っ込んでやるんだから。覚悟しててよね。

22本の薔薇が、優しく枕元で香り、あたしをそっと包んで眠りへ誘う。
子供の頃の、懐かしい夢が見れそうだね......
鼓動を抱きしめながら、あたしはそっと、目を閉じた。



END

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2010.10/02(Sat)

想い

                            倉本 彩矢

                                                                                         目を閉じると今でも鮮やかに蘇る。
2月だというのに昼のキッチンに差し込む光がやけに眩しくて、俺は瞼をこすった。
光の中から包み込むようなアルトの声が響く。

「ジョー」

彼女の手にあったのは小ぶりなチョコレート・ケーキ。
小皿に敷かれた白いレースの上で、王冠のように誇らしげに艶やかだった。

「はい、ママからよ」
「え~? いらねえよぉ。もう子供じゃないんだからさ!」
本当は大好物のはずなのに。とにかく背伸びしたい年頃だった俺は、まるで興味のねえふりをして、手にも取らずにまた外に飛び出していったっけ。
「あらあら、いいの?」
背中越しに少しだけ残念そうな声。後ろめたかったからなのか、その声がいつまでも俺の耳の中から離れなかった。10年以上たった今でも、あのときの声がまるで昨日のことのように思い出される。
なんで、素直に受け取れなかったんだろう。今更遅いが、いくら後悔してもどうしようもない。
もう二度と、あの日の「王冠」を味わうことなど出来はしないのだから。

正直いって、この聖なんたらとかいう日は苦手だ。
思い出したくないことまで思い出しちまう………

さっき、店であいつからもらった小箱から甘い匂いがするせいかもな。
おもむろにベッドから起き上がった俺は、蓋を開けた。
小さな木箱の中に、レースの上にちょこんと乗った、原型もわかんねえ物体が収まってやがる。
「…………」
あまりのその外観にこみ上げる笑い。
こりゃねえだろ、いくらなんでも。
人差し指でその先をそっとすくって、口にした。

忘れてた香り。
………そして
ひとすじの熱いものが、木箱に落ちた。

忘れられなかった、あの味がそこにあったんだ。

あいつのヘタクソな手作りケーキの中で、おふくろが笑ったような気がした。

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