FC2ブログ

2019.03/29(Fri)

「淳の名は」


 ショーケンこと萩原健一さんが亡くなった。
 私はぴったり世代だが、彼のファンというわけではない。
 出演ドラマも、「太陽にほえろ!」しか見ていないし、GS 時代も興味がなかった。有名人なので名前は知っていたが。
 では、なんでここに?

 淳がガッチャマン好きなのを知っている人は、「淳」の名は白鳥のジュンから取ったと思われるかもしれないが、実は「朝倉 淳」の「淳」は「太陽にほえろ!」で萩原さんが演じた「早見 淳」からきているのだ。(この時は朝倉ではなかった)

 小さい頃からまんがを描いていたがペンネームはなかった。今のように一般的(・・というのも変か)ではなかったしね。
「太陽にほえろ!」の放送当時は中学生で、未だ付き合いのある翼(リアル友)と出会った頃だ。
 席が隣になり「トリトン」を切っ掛けに仲良くなった。
 その当時はテレビまんがを見ている子は少なくて・・いや、居たのだろうが、人前で「まんが好き!」と言う子はあまり居なくて・・・なので淳にとってはとても貴重な友人だ。

 その翼と同じテーマでまんが(これがものすごい壮大な話になってしまい、とても描き切れずに未完成のままン十年が経つ)を描き始る前「ペンネームを付けよ」と思い立った。
 どちらが言い出したのか覚えていないが。 ← これが多い σ(^_^;

 トリトンが終わりガッチャマンが始まっていたと思う。
 だがトリトンが好きだったので、当然翼(本当は “よく” と読む)という名が良いな~ と思ったがそれはタッチの差で翼が手に入れた。
 うーん・・じゃあ自分はどうしよう・・。「じゅん」って響きは好きだなあ・・。    

 ここまで書いてハタっ! と思ったが・・そういえば「じゅん」という名はどこからきたんだろう??
 さっきは違うと書いたが白鳥のジュンを意識していたのかもしれない。

「じゃあ、マカロニ刑事の淳(の字に)にすれば」

 と、言ったのは翼だった。
 それをすんなり受け入れたのは、やはり「じゅん」という響きが好きだったのだろう。

 この名前とは長い付き合いになっている。
 途中、名字は変えたが名前はそのまま通している。
 ちなみにアニメの仕事をしている翼は今はそちら用の名前を使っているので、彼女を「つばさ」と呼ぶのは私だけになった。

 ショーケンが淳(朝倉の方ね)の名付け親ではないが、彼の名を聞くたびに自分のペンネームの由来とまんが描きに明け暮れていた幸せな時代を思い出す。    

 この翌日に白石冬美さんの訃報が入った。
 1番に思い出すのは001だ。
 自分の年齢から考えると仕方がないのかもしれないが、親しんだ声の方がいなくなるのは今まで歩んで来たアニメ人生の一部が欠けてしまうようだ。



スポンサーサイト



21:58  |  「淳のむかしばなし」  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018.09/26(Wed)

「昔懐かしクイズ」


 クイズ番組で、昔のテレビ番組表の空欄の番組名を当てるという問題が出た。
 1966~67年放送で月曜日の19時30分から。
 登場人物が出ているので答えは「マグマ大使」だとすぐにわかった。

 欄の上を見れば19時からは「わんぱくフリッパー」
 おお、見ていたぞこれも。フリッパー欲しかったなぁ。
 横に目をやって隣の局を見れば、「海賊王子」
 おおお、これも見てた! かの石森章太郎だ!

 この頃の18時~20時は子ども番組が目白押しのゴールデンタイムだった。
 うちの親は「マンガを見るな」とは言わなかったので、この時間帯は子ども達のものだ。

 淳もまだ可愛い頃で・・・ん? 待てよ。
 「わんぱくフリッパー」と「海賊王子」・・・同時刻の放送だ。両方見ていた記憶があるぞ。

 当時、居間には白黒とカラーテレビが並んで置いてあった。が、両方点いていた事はマレだ。子ども番組の時間帯ではその覚えはない。(数年後にガッチャマンと当時大流行したボーリングの番組が同時刻の放送だったので、その時くらいかな)

 カセットコーダーはもちろん、録画機もなかった頃だ。
 淳がカセットを手にしたのはそれから5~6年後だったと思う。ベータマックスはそこからさらに5年を要する。

 調べてみたら確かに両番組は同時刻の放送だったが、「わんぱくフリッパー」は1期と2期があり、そのうちの1期の最初の半年ほどが「海賊王子」と重なるようだ。
 なので「海賊王子」の放送終了後に「フリッパー」を見ていたのかも。

 もしくは2期か。
 いや、2期は続編として見ていたのでやはり1期の途中からだったのだろう。

 そんな事はまるっきり覚えていないが、たまに昔懐かしのクイズで記憶と違い「ん??」となる事があるが、案外こーいう事なんだろう。
 わかってみれば大した事ではないが、まだ可愛かった頃をちょっぴり思い出した。


16:47  |  「淳のむかしばなし」  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2018.05/12(Sat)

「ジョーとリュウ??」


 今年の大河ドラマの特別編、「鈴木亮平 × 渡辺謙の120日」
 島津斉彬役の渡辺謙と西郷隆盛役の鈴木亮平が自分の役をどのように作り上げていくか、お互いどのように関わりあっていくのかが紹介されている。
 ま、その内容はともかく─。

 鈴木亮平といえば実写版ガッチャマンのリュウ役で知っている人もいるだろう。
 当時、淳は後の4人の役者は知っていたが彼だけは知らず、ガタイがいいから選ばれたのかなと思っていた。
 実際セリフもあまり無く、その存在感は薄かった。

 が、その後あちらこちらの番組で彼を見かけるようになり、NHK の世界遺産を訪ねる番組での一生懸命さや自然体の飾らない演技に、

「この子は皆に愛されるいい役者になるだろうなあ」

 と、思っていた。
 そして彼の快進撃は今も続いている。

 渡辺謙は言わずと知れたベテラン役者。
 同年代という事もあり、若い頃からなんとなく見ていた1人だ。

 が、意識したのはあるビールのポスターを見てから。
 そこに写る渡辺謙の目がジョーにそっくりだったのだ。

 この時彼は30代始め。
 ジョーよりは年上うだが、目つきといいニヒルな微笑といいジョーを思い起こさせるには充分だった。

 それから何年かして彼が当時としてはかなり厳しい病に罹った時に、

「あ、私が勝手にジョーだと思ったから」

 と、トンチンカンな想いを懐いた。

 もっともこれはほんの一時期の感情であり、病を克服した彼は世界に飛び出してしまいあまり目にしなくなった。

 斉彬役の渡辺謙の目がジョーに似ているかと言えば似ていない。
 しかし彼を見るたびに、最初にビールのポスターを見た時のジョーに似た目を思い出す。




14:15  |  「淳のむかしばなし」  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/16(Wed)

「GYAO!で」


 GYAO! で、『009 RE: CYBORG』が無料配信していると知った。
 今月25日から映画館で上映される、『CYBORG 009 CALL OF JUSTICE』の前宣伝だろう。

 『RE: CYBORG』を見るつもりもないが無料なので覗いてみた。
 説明書きを読んで、ずーーっとスクロールし・・あれ? これは何だ?
 この絵は確か・・・なんと「紺野009」が!( ← 淳が勝手にそう呼んでいる) 

 実はちょっと勘違いしていて・・・ここで配信されているのはアニメの2作目・・そう井上和彦が009を演った・・・と思っていたのだ。(アニマックスの放送とごっちゃになった)

 だが淳はこの2作目が苦手で。
 テレビシリーズのアニメに限って言えば、最初の白黒の009は別格であとはこの「紺野009」が良い。
 絵もストーリも原作に近く、淳のような古い009ファンも満足するだろう。

 GYAO! で1話を見て・・・なんと配信終了が迫っている話数がある。
 う、うわっ、もうすぐじゃない。
 なんでこんな途中の話が19日までなの!? と文句と言いつつ、とりあえず好きな話を優先して・・・ミュートスとヨミは外せないね。

 夢中で見ていて・・あ、夕飯の用意が!
 こんな時ノートパソコンならキッチンに持って行って見られるのに~。

 2作目が決して悪いわけではない。
 確かに絵は良くないし、なんとなく中途半端だし。

 そしてやはり最初の009の印象が強くて・・・ほら、2作目ってなかなか受け入れられないじゃない。淳もそうで・・・おまけにOP の歌詞がとてもいやだった。
『9人の戦鬼』とか『葬いの鐘』『地獄の死者』って、そういうコンセプトで描かれるのだろうかと思うとすごくいやで悲しくて。

 そうじゃないのはわかったが最初の印象がこれなので、初放送は見たがその後なんとなく遠ざかっていた。
 そして「紺野009」が放映された時に、ああ、やっと009に戻ってくれたと思った。

 いやだと言ったあの歌詞も、実は石森先生の作詞だと知った時はショックだったが。
 そう思われているがそうじゃないんだと強く言いたかったのかもしれないが、最初に聞いたインパクトは強く、37年経った今でも聞きたくない歌詞だな。


17:16  |  「淳のむかしばなし」  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015.08/12(Wed)

「30年前の」


                          13日  追記あり

 今から30年前のこの日、番組中に速報で飛び込んできたのが日航の墜落事故だった。

 ちょうどその時放送していたのが─ 番組名は忘れたが─ 佐々木功さんやロカビリーの方々が出演されている歌番で、やっと佐々木さんが出ていらしたと思ったら突然臨時ニュースに替わり・・・番組に戻った時にはそのコーナーは終わっていた。

 当時は佐々木さんがテレビで出ることはほとんどなくとても楽しみにしていたが、そこだけスッポリと抜け再放送もなかったのでひどくガッカリし1人怒っていた。

 せめて再放送があるか訊こうとテレビ局に電話をしたらルス電(?)で全然繋がらず、その態度にもまたまた憤慨。

 それがまさかあんな大事故だったとその時は思わなかった。

 そりゃ一般からの電話に対応している場合じゃないよね、夜間だったし。

 それから毎年、この事故のニュースを聞くたびに、当時番組が中断されて憤慨した自分を思い出し・・恥ずかしさで胸がチクチクする。30年経ってもまだ消えない。


 今日調べたら、どうやら「ザ・トップテン」だったようだ。
 これ日本テレビよね。しかしなぜか淳は「テレビ朝日」と記憶していたような・・・。


追記

 上記で「ザ・トップテン」と書いたが、があさんが調ベて下さり(コメント欄参照)どうやら同時間にテレビ朝日で放送していた、
『「月曜スペシャル 90」 あの60年代ポップス 東京・ロス熱狂ライブ 悲しき街角からオンリー・ユーまでオリジナル全40曲』
という番組らしい。

 そーね、こっちだわきっと。
「60年代ポップス」なんて、まんまじゃない。

 実は後ろめたさがあったので今まで調べた事はなく、今年この記事を書くために初めて何の番組だったのか調べた。
 当時、淳は歌番組を全然観ていなかったので、歌番組 = トップテン(さすがにトップテンの名は知っていた)と思ってしまったのだ。

 ビデオ(VHF)も撮っていたと思うがそのコーナーだけの録画だろうから当然無いわけで、もしちゃんと放送されていたら記録していたと思う。


 楽しい記憶も残るけど、嫌な事や辛い記憶の方がよく覚えていると思う。
 特にこの事故のように、毎年新聞などで目にするものは辛い記憶と繋がって忘れられない。




17:50  |  「淳のむかしばなし」  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT