2010.10/22(Fri)

『30ン年ぶりに気がついた』

 10月から始まったタツノコプロのアニメ「たちゅまる」。その2回目と一緒に#81が放送された。
 朝からこの回はきついがそれでもやはり見てしまう。
 見終わってまた冒頭の墓地のシーンにも戻りなんとなく見ていると、「私はもしかして間違った解釈をしていたのかも」と突然思った。(ここから先はこのシーンを見て、もしくは思い浮かべながらお読みください)

 墓守りの「この墓の主は気の毒な─何者かに暗殺されたんじゃ」の次に、ハッと振り向くジョーだが、私はこの時ジョーがカメラの存在に気が付いたのかと思っていた。サングラスもキラリとするし。(レンズ見えてると思うよ、あれ)
 だけどそれにしてはフィルムを取り戻さず落ちついて対応しているなあ、とは思っていた。
 もしかしたらジョーがハッとしたのは、両親の話が出たからだったのか。だとしたらフィルムを取り戻さなかったのも頷ける。不覚にも彼はカメラに気づいていなかったのだ。

 だがその後何回か見ているうちにまたわからなくなった。
 もしかしてもしかして・・・ジョーはカメラの存在に気が付いていたが、相手に自分の存在が知られてもいいと思ったのか。いや、むしろ知られてこそ相手を誘き出す事ができる、と考えたのか。

 アニメやドラマに限らず小説などでも書き手の意志とは違う状況を読み手が受け取ってしまうの事はよくある。が、ガッチャマンはわかりやすい話で解釈間違いはほとんどない。
 しかし#92のラスト、リュウの「深度2500!GPの限界は越えた」の次の健の表情を、(深度が超えたので)怯えたように見てしまったのは・・・やっぱり私だけか?


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12:25  |  『淳のひとりごと』  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑
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