2010.12/22(Wed)

Promessa

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「それでおいら、クリスマスのプレゼントにはボクシンググローブがほしいって、お姉ちゃんに言ったんだ。そうしたら、“ボクシングなんか習って私より強くなろうたってムリよ”だってさ。そんなもの習ったってお姉ちゃんの方が強いに決まってるよ」
 カウンターの向こうでグラスを磨きながらジンペイが言った。 
「ボクシングにカラテを足してもムリじゃのう」
 カウンターのこちら側に座るリュウが小さく、しかし何度もウンウンと頷いている。
「で、貰ったプレゼントがこのゲーム盤か」ケンが箱から取り出したのは、平和的なのんびりとした昔ながらのコマを使って遊ぶゲームだった。「おれも子どもの頃に持っていたけど、結構おもしろいぜ、これ」 
「チェ、おいらそんなので喜ぶほど、子どもじゃないよ」
 曇りひとつなく磨かれたグラスが並べられていく。
 さっきまでふてくされていたジンペイだが、ジュンが買い物に出た間に来店した3人のアニキ分にグチを聞いてもらったせいか、今はいつもの人なつっこい顔に戻っていた。 
「アニキ達は子どもの頃、プレゼントに何を貰ったんだい?」 
「おら、釣竿だな。最新の電動リールがついたやつでよお。クリスマスの翌日はそれで1日中、釣りをしとったわ」 
「おれは母がいた頃は新作のスニーカーやセスナの模型だったけど、博士の所に出入りするようになってからは百科事典とか十何巻もある“世界子ども文学全集”とかだったな。それを毎年1、2巻づつ─」 
「ひぇぇ~」 
「そ、それは・・博士らしいがのぉ・・」 
「クリスマスの翌日から必ず訊かれるんだ。“ケン、読んだかね?”って。“はい、今読んでいる最中です”って答えて、1年が過ぎて行く」ケンはゲーム盤を広げコマを並べた。フッと、懐かしさが彼の胸を突いた。「そして次のクリスマスには、その続きの巻を貰うんだけど─」
「だけど実際は読んでいない」
 リュウの言葉に、まーね、とケンが笑った。 
「ジョーは子どもの頃、何を貰ったの?」
 少し離れたボックス席に座るジョーにジンペイが訊いた。ケンがかすかに眉をひそめる。
 マリンサタン号で海底に潜り、ギャラクターの海底空母の中で聞いたジョーの過去。今はまだケンの胸の中に収められている。 
「やっぱりラジコン・カーとかモデルガン?」 
「ない」 
「─え?」 
「クリスマスプレゼントなんて貰った事はない。それどころかクリスマスも知らなかった」 
「ま、まさか・・」
 ジョーの故国はヨーロッパでも古い国の1つだと聞く。彼が生まれ育ったのはその国の島だが、クリスマスを知らないなんて事があるだろうか。 
「きっとおれのうちは敬虔な仏教徒だったのさ」 
「そんな・・」
 モゴモゴと呟いて─ジンペイは口を閉じてしまった。
 
 ジョージが本当のクリスマスを知ったのは、南部に助けられ、この国に来てからだった。
 ギャラクターの養成機関といわれるBC島だが、島にいる全員がギャラクターの構成員ではない。わずかだが元々この島に住んでいた人達もいる。ジョージの友人のトニオやマルコもそうだ。
 1年の終わり近くなると彼らは楽しそうにクリスマスの話をする。どうやらそれはパーティを開きプレゼントを貰う─子どもにとっては最大のイベントらしい。
 しかし、ジョージの家では─母と2人で夕食を摂り、夜遅くに帰宅する父の顔も見ずにベッドに入る─そんないつもと同じ1日だ。
 ジョージはなぜ自分の家にはクリスマスがこないのか、と不思議だった。だが今ならわかる。
 
 (クリスマスなんてやらねえよな、ギャラクターが)

 世界の平和と人々の幸せを願う聖人の誕生日を祝うなんて、カッツェが許すはずもない。島にも小さな教会があるが、そこに通うのはギャラクター以外の島の住人だけだ。
 彼らが崇拝しその存在を祝っていいのは、ベルク・カッツェだけなのだ。
 もちろん当時のジョージにはそんな事情はわからない。
 
 ある年、ジョージは母にトニオ達が言っていたクリスマスの事を話してみた。と、母は眉を寄せ辛そうな瞳をジョージに向けた。これは訊いてはいけない事なのだ、と思った。
 この時はちょうど友人がジョージを呼びに来たので、母の答えを聞く前に家を飛び出した。
 その夜、珍しく早く帰宅した父がジョージを書斎に呼んだ。父は体の大きな人で、幼いジョージを膝の上に座らせると彼の目を見て話し始めた。 
「クリスマスというのは、世界中の人々の幸せを願った人の誕生日を祝う日だ。その人は今はもういないが、世界の多くの人がその人の誕生日を祝っている」
 ミサはもちろん教会にも行った事のないジョージは、“世界中の人にお祝いしてもらえるなんて・・。皆その人が好きなんだな”と思った。 
「今年はもう過ぎてしまったけど、来年はうちでもその人の誕生日を祝おう。お友達を呼んでパーティを開きプレゼントの交換をしよう」 
「ほんと?約束だよ」
 瞳を輝かせ言うジョージを見て、父が頷いた。だがその約束が実行される事はなかった。
 
 翌年の、夏も終わりの避暑地での出来事がジョージの運命を変えた。   

(親父はおれにクリスマスをさせたいから、ギャラクターを抜ける決心をした・・)
 自分の出生の秘密を知った後、ジョーはそう思った。
 だがあの組織を抜け出すという事はそんな簡単なものではない。おそらく父は何年も考え続けていたのだ。クリスマスは1つの切っ掛けにすぎない。
 
 独身で過ごしてきた南部は、子どものためにクリスマスパーティを開こうとは思いつかなかった。またその時間もなかった。
 彼は子どもを助けた島で地球を狙う一大組織の存在を知った。その陰謀を防ぐための組織をこちらも作らなければならなかった。
 ジョージは南部の所有する海の見える別荘に引き取られた。ここが彼の安住の地になるかはわからない。だがすでに〝死んだ〝事になっているジョージをへたな所に置くわけにはいかなかった。
 別荘にはシェフや庭師など多くの使用人と、ジョージの世話をしてくれるメイドもいた。
 彼らは子どものためにクリスマスパーティを提案し、ジョージの希望も聞いたが・・・初めてのクリスマスは両親と迎えると決めていたジョージは首を縦に振らなかった。
 もうその約束が叶えられる事はないのはわかっているのだが、ジョージにとってのクリスマスは聖人の誕生日を祝う日ではなく、親子3人でゆっくりと過ごせる時を言うのだ。
 それが何年か続き、やがて使用人達も諦めてしまった。
 だが、南部が後見人を務めているという彼の親友の息子が時々別荘に泊まりに来るようになると、彼らはクリスマスを母親と共に過ごせないその少年のためにパーティをしてはどうかと改めて南部に提案した。
  この時になってやっと南部も気がついたらしく、使用人達の言うとおりパーティの支度を許し、自らも2人の子どものためにプレゼントを選んだ。
「ありがとうございます、博士」
 自分の顔より大きな本にケンは目を瞠ったが、素直に礼を言って受け取った。
 だがジョージは、申し訳なさそうに南部を見るだけで受け取ろうとはしなかった。
 
 やがて2人も南部の計画の手伝いをするようになり、クリスマスを祝う事もプレゼントを貰う事もなくなった。
 
 その後、計画に参加した3人の仲間とケンはクリスマス近くなると集まっていたようだが、ジョーは無意識にそれを避けていた。
 
「ジョーの兄貴」ジンペイの声にジョーは我れに返った。「今年のクリスマスは任務で何もできないうちに過ぎちゃったけど、来年はここでパーティをしようよ。ケーキやプレゼントを用意して。その頃にはギャラクターもいなくなっているさ」
「・・・そうだな」
 両親とクリスマスを迎えられないのは今でも心残りだが、その代わりおれにはいい仲間が出来た。来年はこいつらと一緒にクリスマスとやらを祝ってみるか。
 ジョーは小さく頷いた。
 
 だがその願いが叶うことはなかった。
 クロスカラコルムでのギャラクターとの最終戦の後、無事だったGPのひとつ空いたシートに、その主が座る事はなかった。
 
      ×        ×        ×        ×        ×
 
「アニキ、このイスはどこへ置く?」
「そうだな・・・。あいつはレーダー係でいつも横を向いていたから、今度は真正面に置いてやれ」
「ツリーやケーキに一番近いわね」
「ここならよく見えるじゃろ」
「特等席だぜ、ジョーのアニキ」
 
“クリスマスなんてよくわからねえが、こういう集まりはいいな”
 ツリーの真正面に置かれたイスに長い足を組んで座り、きつい微笑みを浮かべた男の低いがよく響く声が聞こえた。                                 

                                                                                      Fine

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