2012.09/29(Sat)

鐘鳴

 翌朝早くにジョーは昨日と同じスタイルでホテルを出た。
 車に乗り込むとサングラスをダッシュボードに放り込んだ。
 ここからジョーの生まれ育った町までは車で30分ほどだろうか。
 車にはカーナビは付いていなかったが町の位置はわかる。もっとも彼には中心部から町まで車で移動した記憶はない。
 10年経っているとはいえ周りの風景にも見覚えはなかった。やはり昔の記憶の全部を思い出したわけではないのか。だが─。


シチリア 朝日
 
 サイドガラスを朝日が染めた。チラッと目を向け、思わずブレーキを踏んだ。
 水平線から登る太陽。その輝きを受けキラキラと海面に反射する光。その光がジョーを呼ぶ。
(ここは・・・)
 車を道路の真ん中に停めたまましばらくその光景を見ていたが、やがて糸で引かれるように車から降りると眩しい朝の光に包まれた浜辺にそっと足を置いた。
 ズッと砂に沈む。昔はこんなに沈まなかった。自分は子どもで軽かったから?
(ああ、ここは・・・)
 浜辺をこれ以上進みたくないと思った。だが足が勝手に進んでいく。

 ─太陽の光を浴びて、青い海が時々キラキラ光って─    

 記憶のとおりだ。
 あの時もまだ早い時間だった。おれはなぜ1人だけ親と離れていたのか。

 ・・・思い出せない。

 場所もこんなに近いとは思わなかった。それも中心部と生まれ育った町の間にあったなんて。
 そうとわかっていれば花ぐらい用意しておいたのに。

「È su; Giorgio. La colazione era fatta」

 母の声。だが、何を言っているのかジョーにはわからなかった。この国の言葉を自分は忘れてしまったのか。

「う・・・」
 目の前で光が散った。
 砂に刺さった一輪の赤いバラ・・・だがそれは手向けの花ではなかった。
 耳を劈く轟音。そして女の声・・・。
 仮面に覆われていたのにはっきりと聞こえた言葉・・・。

 ふと当たりを見回した。誰もいない。
 もう10年も経っているのだから今のおれを見てもあの時の子どもだとはわからないだろう。だがここも長居は出来ない。したくない。
 ジョーは足早に車へと戻った。

 町の入口─看板などはないが、なぜか彼にはわかった─を過ぎると記憶にないはずの風景が一変した。
 山も畑も果樹園や農場、ささやかな町並みが一斉にジョーの頭の中に押し寄せてきた。底深く沈んでいた記憶と交じり合い溶け込んだ。

 知っている。確かに・・・ここを・・・。

 小さな街だがここは島の中でも大きな集落の1つだった。
 町の入口に建つ廃屋の前を通り少し下ると小規模の果樹園に行き当たる。この島の特産であるレモンやブラッドオレンジの甘い香りを思い出し─そしてその先を左に曲り5、6分も行けば─。
 ステアリングを握る手にグッと力が入る。左に切ろうとし─が、やめた。
 今はもう誰もいないだろう・・・いや、あるのかさえわからない家にいきなり行くのは避けた。このまま町の中心部に紛れ込もう、とりあえずは。

 ジョーは自分がいつになく臆病になっているに気がついたが、今は自分の意のままに進むしかないと思った。それが自分の命を自分で守る事になるのだ。
 だが、教会だけは、いや、両親の墓だけは確かめたい。
 
 なぜかこの町の墓地は教会から少し離れた所にあった。だが両方とも町の奥・・・入り口から反対側の外れにあったはず。ジョーはそのまま真っ直ぐに進路をとった。
 彼の記憶は確かだった。ただ教会と墓地は離れていると思っていたがそれほどの距離ではなかった。幼かったのでそう見えたのかもしれない。
 高い鉄柵で囲まれた広くもなく整備もされていない墓地。ダッシュボードのサングラスを取り出し、愛用のレーサーグラブを代わりに放り込んでジョーはその地に立った。

 外から見てもわかるぐらいに町唯一の共同墓地は荒れ果てていた。最近墓参りに来た者はいなかったのか。
 この中に両親の墓があるはずだ。
 ジョーはその場所を知らない。だが、それは唐突に現われた。入口から真っ直ぐ進んですぐの所・・・目立つ位置。
 墓石に刻まれた両親の名を口にしたとたん、忘れていた幼い頃の記憶が押し寄せて来た。思わず膝を抱えて座り込む。
 ああ、そうだ。自分はこうやってよくキッチンのイスから母の姿を見ていたっけ。体が小さいので膝掛け椅子にすっぽりと収まっていた。
 母の手元には真っ赤なpomodoroやcarota、peperoni・・・Caponataだろうか。melanzanaは苦手だな。

 今まで思い出しもしなかった光景が次々と頭の中をよぎる。なんでこんな事を忘れていたのか。

「─大ボスだったが」
 墓守の言葉に耳を疑った。おれの親父が大ボス?ギャラクターの幹部だったというのか。
 振り返った瞬間、杖の上部が光った。
 写真を撮られた?この男もただの墓守ではないようだ。 
 力ずくでフィルムと取り上げるのは簡単だが、ジョーは騒ぎを起こしたくなかった。それに、いつかは自分の事が奴らに知れる。〝墓地に怪しい男が来た〝と連絡が入れば向こうから出てきてくれるだろう。

「私には関係ないこと」
 心を落ち着けそう言うとジョーは足早に墓地を後にした。
 門の脇に停めてある車に乗りホォとひと息つく。が、ここに長居は無用だ。バレるのは覚悟しているがもう少し時間がほしい。
 変装したつもりが、だがその姿は父親そっくりだという事を彼は気がついていない。

 ジョーはエンジンを掛け・・・が、ギアに伸ばし手が一瞬行き場に迷う。いつもの愛車ではなかった。G2号機は基地に残してきたのだ。
 BC島で車を借りるのは危険だと思い─まさかとは思うが、どこで自分に気づく者がいるかわからないので─本土でレンタルしてきた。急だったのでコラムシフト車しかなく・・・しかし車体の色はなぜか一緒だったが。
 墓守の視線を感じ、ジョーはその場を後にした。

 この町で自分の落ち着ける場所はなかった。
 ジョーは車を走らせ続けた。そして町の中にいくつかある大きな廃屋のそばで車を停めた。
 墓守の言葉が再び耳を突く。

 大ボス・・・ギャラクターの・・・。
 でも、裏切った。

 ジョーはシートに体を預けるとそっと目を閉じた。

 突然、カーンと甲高い音が辺りに響いた。ビクッと体を起こしジョーが身構える。だがそれは町はずれに建つ古びた教会の鐘の音だった。
(教会・・・)
 遥か彼方に見える古びた鐘楼の鐘が鳴り響く。
 
 ─ここは君のご両親のお墓がある教会だよ─

 教会からのはがきの事を訊いた時、南部はそう言った。その時はそれで納得したが、真実を知った今、ジョーの胸に疑問が湧いて出た。

 なぜ、両親の墓がこの島にあるのだろう。
 裏切り者に対して奴らが死者の尊厳など考えるだろうか。それとも南部が教会の神父に頼んで・・・。いや、そうだとしてもギャラクターが支配する島で未だ墓が存在するなんて・・・。

(見せしめ、か)

 ギャクターを裏切ったら、たとえ大幹部でもこうなる。それをみんなに見せ付けるために町で唯一の教会に・・・大幹部には不釣合いな質素な荒れ果てた墓に・・・。
 だが神父は手厚く葬ってくれたのだろう。そして今は南部に頼まれ、管理しているのか。
(本当ならおれも一緒に葬られていたってわけだ)
 助けてくれた南部に感謝すべきなのだろうか。
 神父に会ってその時の話を聞くという手もある。町の人間にはなるべく関わりたくないが仕方がない。

 町はずれの教会はともすれば見逃してしまうほど小さく質素な建物だ。ジョーは少し離れた所に車を止めた。
 聖堂のドアが開いていたので覗くと老人が1人、十字架の前で跪いていた。と、背後に気配を感じたのか振り向き立ち上がった。
 ジョーは老人の邪魔をした事を詫びた。
「あの・・・バルナバ神父は?」
「先代さんか。三か月前に亡くなってのう。今はアランがあとを継いで神父となった」
「その神父は?」
「町はずれの孤児院に行ってるよ。あと2時間程で戻ると思うが」
「そうですか・・・」
 南部の元にあったハガキの差出人はバルナバ神父だった。今はそのアラン神父とやらが両親の墓を守ってくれているのか。
 しかしここで2時間の時を過ごす気にはならない。ジョーは老人に礼を言って教会をあとにした。

 その裏でギャラクターが動き、ベルク・カッツェが島に向かっている事など知るよしもなかった。




スポンサーサイト
12:55  |   Gフィク  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT