2010.02/02(Tue)

始まりのとき

「ふぅ・・」
 床から体を起こしたケンが大きく息をついた。
 無理な姿勢を続けていたせいか腰が痛い。手を当てて伸ばすとクキッっと鳴った。 
「モップがないのは痛かったな。ぞうきんだけでは広すぎる」
 床に目を落とし、辺りを見回す。
 広い部屋ではない。
 中央に航路図や天気図を広げるための大きなテーブル。あとは木製のデスクとイス、本棚、そしてソファが1つ─。
 ケンが父親から受け継いだ小さな飛行場の事務所兼居間だ。
 テーブルなどの備品は当時のままなのでかなり古い。それでも、うっすらと埃の溜まった床と一緒にぞうきんで磨いたら、新品とまではいかないがなんとか使えそうだ。
 彼の父親が行方不明になってから14年間、ここは南部が管理していてくれた。
 今日からは自分でやらなければならない。
「さて、あとは隣の寝室を─」
 と、こちらに向かってくるエンジン音が聞こえた。あれはジョーの愛車の音・・・いや、ちょっと違うような・・/
「おーい、ケン!ちょっと出てこいよ!」 
 ドアの前でエンジン音が止まる。間違いなくジョーの声だ。用があるなら自分から来いと思うが、相手がジョーなので仕方なくドアを開けた。
「どうだ、すごいだろ?街はずれの中古車店で見つけて、即買いだ」
 普段はあまり見せない、ちょっと興奮したジョーの顔があった。その指差す方を見ると─
「なんだ・・これ・・」
 ケンの目に映ったのは、ジョーの愛車の後ろにくっついている長方形の物体だ。窓やタイヤがついている。
「なにって・・トラベル・トレーラーってやつだぜ」
 それは、見ればわかる。聞きたいのはそういう事ではなく─  
  「住む所を見つけろ、と博士に言われたはずだぜジョー。旅に出てどうするんだ」 
「旅じゃねえ。おれはこいつに住むのさ」
 ここ数年2人は─途中から3人増えたが─海の見える南部の別荘に住んでいた。が、10年間、南部が密かに進めてきた「G計画」がいよいよ実行される時が来たのだ。
 巨大な敵を相手に、苦しい戦いになるだろう。
 ISOの重鎮であり、「G計画」の発案者でもある南部の存在はすぐに敵にも知れる。万一、自宅や別荘を襲われでもしたら、「G計画」の中心になる5人の若者の正体まで知られてしまう。   
 そこで小枝を森に隠すように、5人を街中に別々に住まわせる事にしたのだ。 
「なかも見てくれよ。ちゃんと暮せるんだぜ」
 トレーラーのなかは、飛行場の事務所より狭かった。そこにはベッドと小さなテーブル、簡易キッチンしかない。奥にあるのはシャワールームか。  
 「狭いなあ。これじゃあ彼女も呼べないぜ」 
「2人でくっついていれば、狭いも広いも関係ないだろ」
ジョーはすでに南部の別荘の部屋から荷物を持ち出し、トレーラーに積んでいた。元々あまり物を持たない主義のジョーだが、この狭い空間に全部納まってしまうのには驚いた。  
 「本当にここに住むのか?博士はいいと言ったのか?」 
「まあ、な・・」
 ちょっと言いよどむところから、快諾ではなかったようだ。
 それでもジョーはここに住む。もう決めた事なのだ。
「これ便利だぜ。レースの時にすぐ現地に向かえるし、ねぐらにもなる。こんな無駄にだだっ広い所を管理する手間も省ける」
「無駄に広くて悪かったな」
 ケンがベッドに腰を下ろした。ベッドは新しいが、長身のジョーにはギリギリの大きさだ。
 もう1度室内を見回す。本当に何もない部屋だ。ジョーの私物さえ・・ま、教科書を持ってくるとは思えないが。
「ナスカーやGTの写真集はどうしたんだ?飾ってあったステアリングは?」
「処分した。あんなのを入れたら寝るところがなくなっちまう」
 ジョーは買ってきた缶コーヒーをケンに抛った。
「別荘に置いておけば博士が保管しておいてくれるぜ」
「だから処分したんだ」
 ジョーがケンの横に腰を下ろした。ギシッと傾くスプリングは、あまり上等な物ではなさそうだ。
「おれ達の仕事はいつどうなるかわからない。もしおれが帰って来れなくなって住処を処分する時に、あまり私物があったら博士に辛い思いをさせるだろ」
 ここに帰って来れなくなるという事は、戦いで命を落とすという事だ。その危険性は充分に説明を受け納得したが、それを強いた南部は確かに辛い思いをするだろう。だから別荘に荷物を残さず、ジョーの全てを詰めたこのトレーラーハウスも、そのまま処分してもらえるようにと選んだ。
「もしそうなっても、博士なら処分なんかしないで、別荘の片隅にでも置いておくと思うぜ」
「そーだよなー。ポンッと始末してくれねぇかなー」
 ジョーはクシャっと缶を潰し、ポンッとゴミ箱に投げ入れた。さも、そうしてほしいというように。
 ケンはその飛んでいく缶に目をやり、再びジョーに戻した。
 そんな事を考えているのか、こいつは。自分と同じく、どこにも身寄りを持たないこの男は─。
「お前はいいんだぜケン。親父さんが残してくれたここを護るべきだ。女の子とガキには、安心して寝られる家が必要だし、リュウは親も家もあるしな」
 故国には戻れず、何年か暮した別荘とも縁を切る。それがジョーの覚悟か。身ひとつで戦いに挑み、そして潔く消える・・。
 では、思い出は?
 一緒に過ごしたこの数年間の思い出は?
 ケンカもしたが、おれ達はいい友人でライバルだった。
 試験の時は協力し合い、厳しい訓練の時はお互いを睨み、耐えた。おれはお前の笑顔も涙も知っている。もちろんお前もおれの─。
 そんな思い出まで、お前はあっさりと捨てられるのか。
「お前が生き残ったら博士に頼んでくれよ、ケン。見せたくない物があるから、このまま処分してほしいって、おれが言ってたって」
「やだ。自分で言え」
「どーやってだよー!?死んでるんだぜ、おれー!」
 屈託のないジョーの笑顔に、ケンはちょっと安心したように微笑んだ。
 覚悟はしている。ケンもジョーも。ただそれを現実的に感じるには、彼らはまだ若すぎる。
「そうだ、こいつらを2、3日置かせてくれないか?駐車場をまだ探していないんだ」
「なんだって?普通、置き場所を決めてから買うんじゃないか?」
「頼むよ。なるべく端っこに置くからさ」
「ここは飛行場だぜ。離着陸に邪魔になるのは困るよ」
「邪魔ったって、お前のセスナが1機と、後は時々メンテを頼まれるだけじゃねえか。余裕はたっぷりある」
 確かにそうだが、なんか気に食わない。
「それにお前の腕なら、車が2、3台止まっていても離着陸には影響しないだろ」
「まあ・・それは・・」
「よし決まりだ!良かった。これでこいつを引き連れたままGPに合体しなくても済むぜ」
 なにを言ってるんだ、こいつは。
 口をへの字に曲げたケンにはかまわず、ジョーは愛車に乗り込むとトレーラーを飛行場の隅に引っ張って行った。降り損ねたケンがベッドの上で跳ねる。バンコンなどと違い牽引式なので、動くと意外と揺れるのだ。
 ケンが外に出ると、ジョーがトレーラーのヒッチボールから愛車の牽引装置を外していた。これで2台に分かれる。
「どこへ行くんだ、ジョー」
「買い物だ。足りない物があるんでね」
 愛車のエンジン音が高くなる。牽引物があるとあまりスピードが出せないので、実はイライラしていた。
「じゃあな、ケン!」
「あ、ついでにモップを買ってきてくれ!なくて困ってたんだ」
「モップ?こいつのシートには似合わねぇよ!」
 ステアリングを叩き言うジョーに
「文句を言わずに買って来い。それで駐車代をタダにしてやる。それからローストチキンとサラダとワインをー」
 「今日はこのまま戻らねえ!」
 グォン!!とエンジンがひと鳴きし、青い車体が飛び出した。
「あいつめ・・」
 砂埃の中、ケンが遠ざかっていく車体を見つめる。
 だが、なんだかんだ言ってもジョーは戻ってくるだろう。
 自慢の車にチキンとワイン、そしてモップを積んでー初めての独り暮しの時を仲間と共に過ごすために。


 

スポンサーサイト
12:22  |   Gフィク  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●開設おめでとうございます!

新しい作品のお部屋開設、おめでとうございます!
以前、響子さんとご相談されてたテンプレートでしょうか?羽の...
更新日もお時間も...ケン&ジョー尽くしではないですか!
じゅんさん、狙ってました?もしかして?

ジョーがなぜ、どういうきっかけでトレーラーで暮らすようになったのか。
原作に近くて、ほんとにこういう設定なんだねって受け入れられてしまうフィク。
すごいなあ~、さすがじゅんさんです!

「もし俺が帰ってこれなくなって...」のくだりは、このあとの展開を知るものとしては、胸が詰まりますね。でも、ジョーらしい台詞で、ただただ頷いてしまう。

自分は女の子キャラから話を展開することがほとんどですが、やっぱりじゅんさんは男性キャラを書かれるのがとても上手でうらやましいです!ケンもジョーも、「らしさ」が出ていてかっこいいよお!

次作品も楽しみにしています!
くらもとあや | 2010.02.02(火) 19:43 | URL | コメント編集

あやさん

早速のコメントありがとうございます。
2月2日は狙っていましたが時間までとはびっくりしました。

今のアニメはわかりませんが、当時は1から10まで設定がキチンとあったものは少なくて(だから後で〝??〝となる)、それゆえ書き手の空想が広がりますね。
戦いのシーンは本編にお任せして、そういう裏(?)のお話が書けたらいいな、と思っています。
読む方の多くがストーリーをご存知なので、反面書きやすい時もありますね。

>「もし俺が帰ってこれなくなって...」
実はこの台詞はJBジョーに言わせたのが先なんです。所々どうしてもシンクロしてしまいます。

私、女の子書けないんです。あやさんのフィクを読んで勉強しなくては!
じゅん | 2010.02.03(水) 15:10 | URL | コメント編集

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2012.01.18(水) 15:22 |  | コメント編集

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Tracback

この記事のトラックバックURL

→http://g2joe.blog97.fc2.com/tb.php/2-5d17c08c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | BLOGTOP |