2010.11/21(Sun)

タッグ

「なんだって」
 ジョーはその青い瞳を眇め、目の前の男を睨んだ。
「すまない、ジョー。ダウンフォース値の計算にミスがあったんだ。このまま高速走行に入ったらG2号機はフロントから持ち上がりひっくり返ってしまう」
 男はG2号機担当のメカニックだ。
 ダウンフォースとは走行中の車が受ける空気圧を利用して車体を地面に押し付け安全に走行させる力の事で、レースマシンなど高速で走る車にはなくてはならないものだ。通常はリアウイングなどでこの力を調節するが、GPに収容するG2号機に大型のウイングは装着できない。
「1日待ってくれ。明日には乗れるから。このままではコーナーで曲がったとたん、飛んで行ってしまうかもしれない」
「じゃあいっその事、翼でも付けておいてくれ」
 が、文句を言っても仕方がない。舌を打ちジョーはテスト走行に向かう仲間達のマシンに目を向けた。
 訓練も最終段階に入った。今日は各マシンの最終調整を行うはずだったのに。
 仕方なくジョーはIDカードを乱暴にセキュリティトレイに押し付けると、開いた窓から裏庭へ出た。

 ここはISO本部とは離れた街外れにあるISO直属の研究施設だ。広大な土地に研究棟はもちろん職員の宿舎や娯楽施設まである。が、ジョーがいる所はその1番奥の特別区で入れる人間は限られている。
 同じ敷地内で働いていても、このスペースだけは何を研究しているのかわからない者がほとんどで、南部博士が考案した「G計画」はそのトップシークレットなのだ。

 ジョーは大きく息を吐き柔らかい芝生の上に腰を下ろした。目の前には青い海が広がる。周りに建物がないので遠くまで見渡せるのだ。
 そんな心和む光景も今のジョーには眼に入らない。
 今頃仲間達はそれぞれのマシンに乗ってご機嫌な時間を過ごしているだろう。なんでおれだけこんな所で・・・。
「ん?」芝生に寝っ転がったとたん、何かがジョーの顔の前に現れた。思わず飛び起きる。「お前、どこから入って来たんだ」
 ジョーの問いに
「キャン」
 と、答えたのはまだ小さな仔犬だった。
 茶色の短毛で愛嬌のあるクリクリした目が可愛い。犬種には詳しくないが柴犬かな?、と思った。
「ここのセキュリティは厳しいんだぜ。よく入れたな」
「キャウン」
 仔犬が自慢そうに鳴いた。そして何が気に入ったのかジョーの横にちょこんと座ってその大きな眼を彼に向けた。
 裏庭で犬と見つめ合っている姿を仲間が見たらなんと思うだろう。だがその仲間も今はいない。再び不機嫌のオーラがジョーを包む。
「キャン」
「あっちに行っちまいな。見つかったら面倒だぜ」と、仔犬がジョーの腕や背中に鼻を押し付けクンクンと嗅ぎ出した。「な、なんだよ。おれは食い物じゃねえぞ。─あ!こら!」
 仔犬がバッと駆け出した。口にはズボンのポケットに入っていた通信機をくわえている。
「まて、このヤロウ!」
 青い芝生の上をジョーは仔犬を追って走り出した。だがその小さな体は縦横無尽に走り回り、訓練を積んでいる身なのになかなか追いつけない。
「いいかげんにしろ!止まれ!」
 ジョーが叫んだ。と、ピタッと仔犬が止まった。ちょこんと座ってジョーが追いつくのを待っている。
「参ったな、こいつ。お前もここで訓練を受けているのか?」
 そうかもしれない。ジョーとて、ここで行われているすべての研究を知っているわけではないのだ。
 建物から少し離れてしまったがジョーはその場に腰を下ろした。当然のように仔犬も寄り添うように座る。そして、“今度は何をする?”というようにジョーを見つめている。
「犬と遊んでいる場合じゃないんだけどな。同じ走るならGマシンで走りたいぜ」
 眉を寄せ仔犬を睨んだジョーだが、その口元は綻んでいた。

 子どもの頃、彼は犬を飼いたかった。だが幼い頃から他人の世話になっているジョーが、自ら犬を飼いたいとは言えなかった。
 自分一人だって面倒を掛けているのに、このうえ犬もだなんて・・。
 両親を亡くしこの国に来た頃のジョーは、周りの大人を見据えるような目をした可愛げのない子どもだった。その目に、大人達は彼と親しくなろうとは思わなかった。ただ1人を除いては─。
 彼はいつも1人だったし、それを不自然だとは思わなかった。
 なのにこの仔犬はジョーを何十年も一緒にいる〝友人〝のような目で見る。こっちの方が不可解だ。

 ジョーは手を伸ばし仔犬を撫でた。柔らかく暖かい体毛の感触が苛立っていたジョーの心をわずかだが解した。が、このままここで遊ばせておくわけにもいかない。
 南部博士の所に連れて行こうかと迷っていると、
「おっ」施設内に警報音が鳴り響いた。「いけね。見つかっちまったぜ、わんこ」
 ジョーは仔犬を片手で掴み上げると、フロア責任者の元に出頭するために屋内に戻った。が、施設内がなにやら騒がしい。警備員はもちろん、研究員までが走り回っている。なにかあったのだ。
「おい」ジョーは自分の横を走り抜けようとした警備員の腕を掴んだ。「いったいなんの騒ぎだ」
 一瞬、警備員は胡散臭そうにジョーを見た。こんな少年がなぜここにいるのだろうと。
 しかし彼の胸のIDカードを目にするとその態度が変わった。
 カードの隅に描かれた「G」の文字。
 シークレット中のシークレット。
 このカードを身に付けた者の詮索をしてはいけない。この少年はその一員なのか・・・。
「はい、ただ今警備部に連絡がありまして、この研究所内に爆発物が仕掛けられた可能性があるので、捜索せよ、と─」
「なんだって!」仔犬1匹が紛れ込んだどころの騒ぎではなかった。「今日のセキュリティはどうなってるんだ」
 ジョーも捜索隊に加わろうとした。と、
「ワン!」
「なんだよ。お前を構ってるひまはないんだ」
「ワワン!」
 仔犬は床に鼻を押し付け少し歩くとジョーのズボンの裾を齧り引っ張った。
「まさか、お前・・爆発物の在り処がわかるのか?」
「ワン!」
「そうか。犬は鼻が利くっていうしな。でも爆弾の臭いなんてわかるのかよ」
「キャン、クン」
 クンクンと仔犬は鼻を床に押し付けたまま進み出した。付いて来るように、と時々後ろのジョーを見る。
「見つけたら大したものだけどよ。─おい!」
 突然仔犬が走り出した。広い休憩室のソファに向かって吠える。ジョーが覗くとソファの後ろに不審な物体があった。
「処理班!」
 ちょうど通りかかった爆発物処理班を見つけジョーが呼んだ。
「爆発物の反応があります」処理班のリーダーが言った。「処理しますので下がってください」
「ワン!」
「本当に見つけちまうなんて・・・」
「キャウン」また仔犬が走り出した。疑う事なくジョーが続く。「ワンワン」
「ここか?」
 仔犬が飛び込んだのは1階の喫茶室だった。いつもは休憩する職員で賑わっているが、警報音にここにいた人達はコーヒーやビスケットをそのままに持ち場に戻ったらしい。
「くそォ、邪魔なテーブルだ。どこだ、わんこ!」
 クンクンと仔犬も懸命に臭いを嗅いでいる。しかし食べ物の匂いがするここでは爆弾の臭いがわかりづらいのか、あちこち走り回っている。
 ジョーが探知機を取りに行こうかと思った時だった。
「ワン!」
「あったか!」セルフサービスのカウンタの中にその物体はあった。「これならおれでも解体できるぜ」
 四角いそれはかなりの厚みがあり、中身が剥き出しになっていた。ジョーはフォークでリード線を選り分け、タイマーに繋がっている1本をキッチンバサミで切った。ホッと息をつく。が、
「ワン!ワワン!」
「な、なんだよ。タイマーは止まったぜ」
「ワンワン!」
 だが仔犬は爆弾に向かって吠え続けた。
「いったいなんだと・・・おっ?」爆弾の厚さからみたら底が浅すぎる。「2重底か!」
 バリッと底板を引き剥がした。その下にはもうひとつのタイマーが。
「こ、こいつは複雑だ」
 ジョーは丁寧にリード線を選り分ける。さっきより本数が多いのと狭い空間にぎっしりと詰められているのでさすがのジョーも手古摺った。焦りで指先が震える。それがフォークに伝わり先っぽが定まらない。
「たぶんこの赤いのかこっちの緑の線がタイマーに繋がっていると思うが・・」
 休憩室とはいえ研究所の内部だ。ここで爆発した時のリスクは大きい。が、処理班を呼んでいるひまはなかった。ジョーが決めなければならない。
「ど、どっちだ」
「ワン!キャウン!」
 仔犬の前足が緑の線を引っ掻いた。
「こっちか!」
 躊躇う事なくジョーは緑の線を切った。数字が「2」から「1」に成りかけ・・・止まった。
「キャン!」
「すげえな、お前。おれ達の仲間になれるぜ。科学忍者隊G6号、わんこの犬(けん)!あはは・・だめだ、ケンと被っちまう」
 ジョーは仔犬を抱き上げガシガシと頭を撫でた。と、仔犬がジョーの腕から飛び出した。
「おい、まだあるのかよ」
 一目散に走って行く仔犬。辺りが騒がしい。次々と爆弾が発見され、処理班や研究員達が処理に走り回っているのだ。
「ワン!」
 やっと立ち止って吠えたそこは─。
「Gメカの格納庫・・」
 広い空間のそこに、今はG2号機しか置かれていない。緊急警報にメカニックの連中も駆り出されたのか。
「ここに爆弾があるのか。冗談じゃねえ。おれはまだ何もしていない。ここで計画を潰されてたまるか」
 幸いここには爆発物探知機がある。
 ジョーがスイッチを入れたとたん、〝ピー!〝と甲高い音が響いた。目的の物はなんとG2号機のリアフロア(車体後ろの下面)にくっついていた。リフトで持ち上げているひまはない。 
 ジョーはフロアに潜ると今まで見た中では1番小さい箱のフタをドライバーで開けた。が、
「だ、だめだ・・。こいつはおれじゃ無理だ」
 ジョーは爆弾を車体から取り外すとフロアから滑り出た。壁のインターホンを叩く。
「警備部!こちらG区24スペースだ。爆弾を見つけた。すぐに処理班を寄こしてくれ!」
『処理班は出払っています。終わったらすぐにそちらへ向かうよう─』
「それじゃあ間に合わねえ!」
 こうなったらこいつをG2号機から離すしかない。しかしどこへ? 時間はもはや2分を切っている。ここからどの方向に走っても2分では外に出られない。と、
「あっ!」ジョーの手から仔犬が爆弾をくわえ取った。一瞬ジョーに目を向け、が、すぐに走り出した。「わんこ!」
 後を追い格納庫から出たが、もうすでに仔犬の姿はなかった。
 どこか遠くから爆発音が聞こえた。

 仔犬は帰ってこなかった。

「博士、例の報告書です」
「ああ、ご苦労」KI計画の主任研究員アーサーから受け取った書類に南部が目を通していく。と、「なんだね。この〝コンドルとのタッグについて〝、とは」
「KI937128BSSRが爆発物処理の訓練中にコンドルとタッグを組みましてね」
「そうか、ジョーが残っていたんだったな」
 研究中の爆発物処理専用ロボット犬の訓練は全館あげて行われた。が、詳細は一部の関係者しか知らない極秘訓練だったので、研究所のほとんどの人間は本当のトラブルだと思っただろう。
「報告書を見るとKI937128BSSRはジョーと行動を共にしていたようだね。彼自身が爆弾という事かね」
「・・・・・」
 これは南部の冗談か、それとも真面目に言っているのだろうか。もし判断を間違えたら厄介だと、アーサーは思った。
「ジョーもKI937128BSSRの性能には驚いただろう」
「それが・・・、ジョーはKI937128BSSRがロボットとは知らないんです。今も」
「そうなのかね」
 KI937128BSSRの最後の仕事はG2号機に取り付けられていた爆発物の処理だった。この様子をアーサーはテレビカメラで見ていたのだ。
 処理が間に合わないと判断したKI937128BSSRはジョーの手から爆弾を取り、遠くへ走った。
 やがて爆発音が響き、ジョーはその場に座り込んだ。仔犬の安否が気になったが、どうしてもその場に行く事ができない。
 あれから1時間が経っているが、ジョーは今だにG2号機のそばに佇んだまま仔犬の帰りを待っているのだ。
 その姿は普段の彼を知っている者達には信じられないほど暗く、どこにその身を置いて良いのかわからないように見えた。
 今さら、“あれは訓練だった”なんて恐ろしくて言えない。KI計画班はいつバレるかと恐々としている。
「それにしても・・、確かにあのKI937128BSSRは見た目はもちろん触れてもロボットとはわかり難いが、科学忍者隊のサブリーダーともあろう者が見抜けないとは」
 厳しい南部の言葉だが、メガネの中の目は笑っていた。そしてその眼差しをスッと下げた。
「だがよくやったな、KI937128BSSR」
「ワン!」
 足元で仔犬が鳴いた。

                                  おわり


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Comment

●動物もの~♪

某所で背中をどつかれ・・い、いえ・・押していただきましたので、とりあえず1話お届けします。
書きたかった動物ものなんだけど・・なんか違う?v-528

1人と一匹が駆けまわる姿を想像してお楽しみいただければ、と。
じゅん | 2010.11.21(日) 16:35 | URL | コメント編集

●わ~い♪

背中をどつい・・じゃなかった、押した甲斐がありました。
きゃ~e-415このジョーはあのジョーじゃなくてこのジョーなのよね~(??)

うんうん、南部博士の罠に素直にハマるジョーがステキ!←違います
まれにみる悲劇かと思ったら喜劇だったので2回読んじゃったわ。

>1人と一匹が駆けまわる姿を想像してお楽しみいただければ、と。
はい。堪能させていただきました。
楽しいお話をありがとうございました。
南部響子 | 2010.11.22(月) 01:06 | URL | コメント編集

●はじめまして

はじめまして渡鳥のNといいます、これからときどきお邪魔させてください。

リアルにアニメで見てみたいストーリ展開で、楽しませていただきました。

絶対!真相はジョーには知れないほうがいいみたいですね

もしG6号わんこの犬 が新メンバーになったらジョーの言うことしか聞かなかったりして

渡鳥のN | 2010.11.22(月) 11:23 | URL | コメント編集

私も某所でじゅんさんの背中を思いっきりどついた・・、いえいえ押した甲斐がありました。

G2号機の傍らで所在無げなジョーのところに、南部博士が仔犬を抱いて連れて行ったら、ジョーは仔犬を引ったくって抱きしめて・・。
真実は南部博士の口から伝えてもらいましょう。
それならジョーも怒るに怒れない~e-266

ところでじゅんさん、もうひとつ、お話がありますよね~v-344
ワクワクしながらお待ちしていますe-343
へい | 2010.11.22(月) 13:59 | URL | コメント編集

●響子さんのどつきは黄色いパンチ!

こんにちは、響子さん。

>このジョーはあのジョーじゃなくてこのジョーなのよね~
あはは・・ややこしくてすみません。うまく切り替えてね。

>悲劇かと思ったら喜劇だった
実は2通りの終わり方があったんだけど、ジョーの事を考えてこちらにしました。
もうひとつはまたどこかで使おうかな。(ん?それだとまたジョーは博士に騙されるという事か?)

書き始めた時は思わなかったのですが、このことがあったからジョーはあの時子犬を助けたのかな・・なんて。
と、いうことは、まだバレてないのね~、KI班。
じゅん | 2010.11.22(月) 15:33 | URL | コメント編集

●ようこそ、いらっしゃいませ

このような銀河の果てのブログにようこそ!
お名前はあちらこちらで目にしております。
こちらこそ、よろしくお願いたします<(_ _)>

>アニメで見てみたい
そうですか?嬉しいな。
私も仔犬と戯れるジョーを見たいです。

>真相はジョーには知れないほうがいい
ええ、世界の平和のためにもKI班は情報の漏えいを阻止してほしいですね。万一バレたら、研究所の皆を避難させないと←そこまで言うか?

>ジョーの言うことしか
それだとずーとジョーのそばにいられるのかしら。
だったら私がわんこになりたい!(あ、ジュンと被る)
じゅん | 2010.11.22(月) 15:44 | URL | コメント編集

●背中掻いて←??

こんにちは、へいさん。

どついて(拘る)もらったおかげでアップに踏み切れました。
実はアップしてから、ミスに気がついたんだけど、今は直さないでおこーっと!どうとでも解釈出来るので、もし気がついた方はどうぞ突っ込んでください。

>真実は南部博士の口から伝えてもらいましょう
なるほど!これなら確かにジョーも文句を言えないわ!
え?「私は忙しいので廖化くんにたのむ」ですって?
よし、廖化さんに押しつけ・・いえ・・頼みましょうv-221

>もうひとつ、お話が
あはは・・・i-229 余計なことを言ってもーた・・。
もうひとつは気に入らない所がありすぎなのでいったん解体(?)しました。
でもいつかはアップしたい!
じゅん | 2010.11.22(月) 15:59 | URL | コメント編集

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