2015.02/14(Sat)

始まりはやはり廊下から(ep. S)


「淳」教室を出た淳をマージが呼んだ。「何を選んだの?」
「ストック・カー」淳が手元のテキストを見せた。「元々レーシング・カーのメカニックをやりたくてここを選んだんだもん。マージは?」
「迷ったんだけど・・・バイクにしたわ。一番、慣れ親しんでいるし」
 マージの愛車は250CCのバイクだ。
 この国では13才で車やバイクの免許が取れる。もっともその年齢で免許を取るのは稀で、ほとんどが15才以上だが。
「それにしても、セスナにストック・カー、バイクにバギー、ホバークラフトなんて、変な取り合わせよね」
 小首を傾げるマージに、だがそれは淳も同感だった。
 2人はISO専門学校に新設されたばかりの〝特殊科〝の一期生だ。
「健って、なんかセスナのイメージよね」
 突然マージが言った。彼女は鷲尾健のファンだ。
「だったらセスナを選べばよかったのに」
「そうよねー。でもなぜかバイクを選んじゃったわ。食べる?」
「Nai’sのビター・チョコ!」マージが差し出したのは人気店の一押しチョコだ。並び組が多く開店30分で売り切れるという。「ありがとう!」 
「良かったら、全部どうぞ」
「いいの?」もちろんありがたくいただく。が、「食べないのになんで買ったの?」
「1つ2つは食べたわ。でも、今ちょっとウエイトオーバーしてて─」
「・・・だから私にくれるわけね」
 じと・・・とマージを睨む淳だが、チョコの誘惑には勝てない。
「それに、味見の目的は果たしたからいいわ」
「味見?」
「ええ、バレンタインのね」
「バレタ?」
「・・・え?」
「なに?バレタンって」
「なにって・・バレンタインを知らないの? 淳」
「食べた事ないわ」
 お決まりのギャグの会話だ。
「ちょっとー、独身女子として失格よー。それとも淳の故郷にはバレンタインの習慣がないのかしら」
 疑惑の眼で淳を見ていたマージだが、どうやら本当に知らないとわかったのかバレンタインという昔ながらのイベントを淳に説明してくれた。
「おもしろい習慣ね。告白なんていつでもすればいいのに」
「出来る? 淳」
 そう訊かれると弱い。
「とにかく数撃ちゃ当たる作戦なのね」
 身もフタもない作戦だ。
「そして来月にはホワイトディというのがあって、チョコを上げた男の子からお返しが貰えるの。それもお付き合いをOKされた女子だけがね」
「・・・そーなの?」つまり数を撃っても大方が撃沈するという事だ。「マージは健にあげるの?」
「そのつもりだけどハードル高いのよね。淳はもちろんジョーでしょ?」
「ん・・・」いま聞いたばかりのバレンタインの趣旨がよくわからない。それに、「撃沈組になったらいやだから」
「そんな弱気は淳らしくないわ。女子のもっとも大事な勝負の日なのよ」
 ガシッ! と腕を掴まれ・・・結局淳はマージに引っ張られ、学校に1番近いスイーツショップへ連れて行かれた。

(またくマージったら強引ね)
 抱えているたくさんのテキストやモバイルとはまったく別次元のピンクの小さな紙袋。マージに連れて行かれた甘い香りが充満する店の一押しチョコレートだ。
 ショーウインドに並ぶそれを淳も気になっていた。だがまさか他人にあげるために買うとは思わなかった。
(変な習慣よね。消えていくものもあるのに、なんで残っているのかしら)
〝独身女子の想いはそれだけ強いのよ〝
 マージの言葉にイマイチ納得できない。それに・・・。
 淳には本当に〝バレンタイン〝の記憶がない。生まれ育った場所にその習慣がなかったのかもしれない。
 いや・・実は故郷の記憶さえ曖昧だ。
 なぜだろう。ISO専門校の寄宿舎に入る前には故郷にいたはずだ。
 ・・・いた? 本当に?
 両親の顔は思い浮かぶのに、その他の事はまるで深い霧に包まれたように何も─。
 ブルブルと淳は頭を振った。
 また不安定な、いやな気分になる。考えてはいけない。思い出してはいけない。
 誰かがそう言い・・・ふと手を見る。淳の気分とは反対の明るいピンクの袋。
(これをジョーに・・・)
 似合わないなぁ。ハートが飛び交う紙袋を持つ姿を想像して・・笑えない・・・。
 拒否されたらどうしよう。いや彼の事だ。きっとあまたの女子からもっと高級なチョコを貰うだろう。自分で食べちゃおうかな。
 それに何か忘れているような・・。

「あっ!」
 思い出した。専攻を選んだのはいいがまだ登録していない。事務所が閉まるまであと10分だ。
 淳は急いで学校に戻った。よりによって事務所から遠い入口だ。それこそレーシング・カーのように走るしかない。
 校内に飛び込み教室の前を走り抜け渡り廊下に出る。
 生徒はもう帰ったのだろう。人影はない。
 コーナーをアウト・イン・アウトで抜け─
「きゃっっ!!」
 衝撃を受け跳ね飛ばされた。テキストや登録用の書類が散らばる。
 ポンッとピンクの紙袋が空(くう)を行くのが見えた。大きな手の上に着地した。
 淳の瞳がその手からだんだんと上に移動する。
 服の上からでもわかる逞しい肩、胸。鋭いアゴの線。キリッと結ばれた唇。スッと伸びた鼻梁。そして何者をも寄せ付けない青い瞳。
「ジョー・・・」
 以前にもこんなシチュエーションがあったような・・・。いや、そんなことよりピンクの紙袋が彼の手にある事が問題だわ。
 あれ? それでいいんじゃない? あれは彼のために買ったもの。いやいや、やっぱり─。
 紙袋を取り戻そうと淳が立ち上がりジョーに手を伸ばした。と、体を捻って彼がその手を避ける。
 紙袋が欲しいわけではない。本能的な動きだ。
 が、避けられた淳は目標を失い壁にドンと手を付いた。そのままヘナヘナと床に座り込む。
 と、ガツッと腕を掴まれ強引に立たされた。
 目の前にあの青い瞳が見える。お互いどうしていいのか・・何を言っていいのかわからず無言になる。
 耐え切れず下を向いた淳だが、持ち前の気の強さに頼りアゴをクイッと上げ再びジョーに眼を向けた。
「あげるわ」
「─ え」
「あなたが掴んだものは、あなたのものよ」
「・・・・・」       
 状況がよくわからずただ眉を顰めているジョーにふっと微笑むと、淳はスルリと彼の手を抜けた。
 ピンクの紙袋を提げたままのジョーに背を向け足早にその場を去る。

「なんだよ、あいつ」
 ジョーの眉間のシワがますます深くなる。紙袋の中には、やはりピンクのリボンと包装紙に包まれた四角い箱が入っていた。
「まさか爆発物じゃねーよな」
 ふと廊下の隅のゴミ箱が目に入った。ヤバイものだったらシャレにならない。捨てちまった方がいいかも─。

「ジョー」振り返るとテキストや書類を抱えた健がいた。「もう登録は済んだのか」
「ああ」
「何を選んだんだ」
「ストック・カー及びレーシング・カーだ」
 当然だろーと、ジョーが健の抱えている書類に目を向けた。
「おれは航空機にした」
「ま、それも当然か」
「お、バレンタインのチョコレートか? 気の早い娘(こ)がいるんだな」
「バレタン・・・なんだって?」
「バレンタインだ。え? 知らないのか、ジョー」
「チョコレートの種類か?」
「独身男子としては・・・残念だな」
 ちょっと微笑み健が腰を屈めた。床に落ちていた書類を拾う。
「特殊科のIDだな。それもストック・カーのメカニック希望─」
 さっきの女の子かとジョーが眉をしかめた。と、
「・・・あさくら」
「どうした?」
「・・いや、なんでもねえ」
 特殊科のメカニックを希望しているのなら、いずれ自分達と共に〝仕事〝をする事になるのか。
 いや、専攻したからといって必ずISOに入れるとは限らない。
 おれと健はG計画のメンバーになれる。だが─。
(・・・朝倉)
 字は違うが、これも〝あさくら〝と読むのだ。
 今は〝南部〝と名乗っている自分だが、本当の名は浅倉─ ジョージ・浅倉─。
「これって確か今日までだよな。事務所に持って行ってやれよ、ジョー」
「やだよ。なんでおれが─」
「大事なメカを、いや、命を預ける相手になるかもしれないぜ、この娘」
 そう言うと健はジョーの胸に書類を押し付けた。

(うわ~~、渡しちゃったわ~。どうしよう~~)
 焦ったところで最早どうにもならないが、淳の頭の中ではあーでもないこーでもないと不毛な想像が渦巻いている。
 マージの手前チョコレートを買ったが渡すつもりはなかった。
 ジョーの事は気になる。できれば親しくなりたい。だが・・・本当にそれだけか?
〝気になる〝というのは・・・彼に恋してるだけなのか。それとも・・。
「あっ!」
 登録の手続き! あと2分しかない!
 淳は踵を返すといま来た廊下を走り出した。


            
                               おわり


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15:30  |   Jのものがたり  |  TB(0)  |  CM(8)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●こんにちは

バレンタインデーに遅れる事、2日。
遅ればせながら、拝読致しました。
Jのものがたりの新作ですね。

2人はどうも同じ故郷(BC島)のようですね。
何となく解って来ました。
やはり全部読んで良かった。
偶然とは言え、気が早いプレゼントになったチョコレート。
ジョーには余り伝わっていないようなのが、心配です。
淳さん、頑張れ!
素直に思えるから不思議ですね~。

私はバレンタインフィクを書きませんでした。
それどころか2・22も危ういかも?
この頃、調子が悪いです。
何も思い浮かばない。
書き過ぎましたかね?(爆)
真木野聖 | 2015.02.16(月) 12:18 | URL | コメント編集

拙作にコメントをいただきながらこちらには亀ですみません<(_ _)>

いやもう場面が目に浮かんで笑った笑った(^o^)
で、なぜか既視感があるのよねー
某フレンドとか某マーガレットの読みすぎか?(~_~;)

いいよねー、若いってさ(しみじみ)

ジョーは深海で記憶がよみがえったけれど淳はどこで思い出すんだろう?
あー、かわいそうだけど楽しみ←こら!
キョーコ | 2015.02.16(月) 15:27 | URL | コメント編集

いいなぁ~私もこんな学校に入りたい。そんで何勉強すんのって感じですが←レースクィーン?(爆)

それはそうと淳とジョーの微妙な感じがいい感じですね。
チョコレートの意味が分かった時にはどんな反応するかな、彼。
(コメントいつも出遅れてしまう私…)
kisara | 2015.02.16(月) 22:48 | URL | コメント編集

遅刻組がここにも一人~♪

どうやらこの先待っているであろう二人を襲う試練を思えば、
このような初々しい時期は貴重かもしれません。

いつもは朴念仁の健がここでは気が利いているのが新鮮(笑)

そうそう、私もkisaraさんと同じく是非この学校に入りたいです~
でももう勉強はしたくないので(おいっ!!)食堂のおばちゃんとして!@「お残しは許しまへんで~」
↑番組が違います
へい | 2015.02.17(火) 09:31 | URL | コメント編集

●真木野聖さん

>同じ故郷
はは・・・いや、あんまり難しい設定はしないで書き始めたのに途中で欲が出まして。
あ、まだ同じ故郷なのかわかりませんよ。ははは・・・。 ← ムリ

>素直に思えるから
ほんと?よかった、ホッとしました。
少し前ではこーいう設定 ♡ ではなかなか書けなかったそうですよ。わかるけど・・・。

>書き過ぎましたかね?
その通りです!
ここまで来たら、頭の中の案をぜーーんぶ出し切ってくださいな。
淳 | 2015.02.17(火) 15:25 | URL | コメント編集

●キョーコさん

いえいえ、コメントをいただけるのならカメだろーとサイだろーと。 ♪

>笑った笑った
笑った? σ(^_^;

>既視感がある
昭和の香りたっぷりでしょー。
昭和人が書いているんだからいーの、と自分を納得させたりしてます。
それでもいま流行りの「壁ドン」や「アゴクイ」を入れてみたんですけど・・・。(って、女の子がやってどうする)

>いいよねー、若いってさ
ほんとよねー。
ま、ジョー&「淳」&「キョーコ」で頑張ろうね。 ← ??

>どこで思い出す
ひえ~ん。
本当に単純な設定で始めたのに書いているうちに、「あ、あれもこれも」になってしまって。
そのうちどこかから、「設定が同じ!マネした!」って言われるかも。
淳 | 2015.02.17(火) 15:35 | URL | コメント編集

●kisaraさん

>こんな学校に入りたい
ここはISO直属の厳しい学校ですぞ。
試験試験勉強勉強宿題宿題、そして試験・・・成績が悪ければずーっと落第しっぱなし・・・という噂です。
当然、「レースクイーン専科」も過酷な授業となります。 ← ど、どんな・・・?

>意味が分かった時
・・なんか恐ろしいです。
「くっだらねえ!」ってぶん投げられそう。
渡した時にわからなかったのが、かえってよかったかも。

淳 | 2015.02.17(火) 15:47 | URL | コメント編集

●へいさん

>遅刻組がここにも
残り物には福があるー。 ← 使い方違います

>初々しい時期
「淳」が1人で空回りしている気が。

>気が利いている
そうなんですよ。なんでかなー??
自然とそうなるのが不思議です。

>食堂のおばちゃん
おばちゃんとて料理の試験があって厳しいという噂が?

>「お残しは許しまへんで~」
叱ってくれる女親には縁が薄かった2人なので、かえって新鮮かも。
「ち、おばちゃんに叱られちまったぜ」
「お前もか、おれもだ」
「おれの方が厳しく叱られたぜ」
「おれなんか1日に3回叱られたぜ」
・・・なんだ、これ。



淳 | 2015.02.17(火) 16:15 | URL | コメント編集

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