2011.12/25(Sun)

Promessa 2

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「さあ、ここが君の部屋だよ」
 メガネの奥のやさしい目がジョーを見た。
 広さは今まで世話になっていた別荘の部屋の半分くらいしかないが大きく開いた窓から吹き込む風は優しく暖かい。
「君はここで治療を受けながら学校に行くんだ」
 ジョーはちょっと眉をひそめ不安な目を南部に向けた。
「大丈夫。学校も運動場も公園もみんなこの療養所の中にあるんだよ。そこには君くらいの子どもも通っている。友達ができるよ。いいね?」
 ジョーは頷いた。いいも悪いもない。自分の居場所はここにしかないのだ。

 南部が、案内してくれた担当医と話を始めるとジョーは窓からベランダに出てみた。
 柔らかい風がジョーの髪を乱す。手で押さえ・・・ふと、もう包帯は取れたんだ、と思った。
 南部に連れられこの国に来たのはいつの事だっただろう。しばらくは彼の海のそばの別荘で世話になった。
 生まれた島を脱出する時は体中を覆っていた包帯だが、その後の治療でみるみるうちに回復し後は頭の怪我だけになっていた。その包帯も昨日取れたのだ。
 しかし表面の傷とは裏腹にジョーの内面の傷は未だ癒えていない。
 南部は仕事で家を空ける事が多く、別荘には手伝いの者も多くいるが、しばらくの間医療施設のしっかりしているISOの病院に入院させる事にした。
 もっともジョーがいるのは病院ではなく併設された療養所だ。身体に医療的な処置を必要としない、いわば心の傷を抱えた人達が入所している。
「ジョー」呼ばれて振り向くと目の前が真っ白になった。とっさに後ろに下がる。「ごめんよ、驚かせてしまって。何度も呼んだんだけどね」
 視線を上げると白衣を着たまだ若い医師が笑っていた。
「君の担当医の氷室です。よろしく」
 差し出された手をジョーは黙って握った。それから若い医師はなにやら話し出したが  ジョーにはその半分もわからなかった。
 今まで使っていた言葉と違う。が、大事な事なら南部が教えてくれるだろうと思い、ジョーはそのまま聞き流していた。
 こうして療養生活が始まった。

 夕食を終えると氷室が部屋に来て、南部が置いて行った算数や語学のプリントを見てくれた。
 教師も兼ねているのかなと思い、ジョーは氷室が教えてくれるこの国の言葉をひとつひとつ覚えていった。
 一瞬なんでこんな事をしなければいけないのだろうと思ったが、子ども心にもう両親と暮らした島へは帰れないのだと漠然と理解していた。
「君は覚えるのが早いね。両国の言葉は文法が似ているから覚えやすいのかな」若い医師はジョーにわかるようにゆっくりと話してくれる。「ぼくはこの国の生まれじゃないから言葉を覚えるまでちょっと苦労したんだ。ぼくの国は東の外れの・・・ほら、この細長い島国で─」
 最初に覚えた〝島〝という言葉にジョーは地図帳に目を向けた。その、変った形をした島国を氷室は指差している。
 ジョーはページをめくろうと手を伸ばし・・・が、やめた。何を、どこを見てももうそこには帰れないのだから。
 ジョーは思い切るように再びテキストに目を戻した。

 講師が終わりを告げるとジョーは学習室と呼ばれる部屋を一番先に飛び出した。
 ここで学んでいる子どもは全部で20人ほどだ。
 午後の学習時間が終わったら各自の部屋に戻らなければいけないのだが、ジョーに限っては好きなようにさせてくれるよう南部から施設長に話がついている。縛り付けるのは  ジョーにとっては逆効果になると考えたのだろう。
 彼のお気に入りは学習室や自分の部屋がある療養施設と病院との間にある中庭だ。
 一面を芝生が覆い大きな木々が周りを囲み、レンガで組まれた花壇─もっとも今は花の数も少ないが─があちらこちらに造られ、天気の良い日にはベンチや芝生に腰を下ろし本を読む人も多い。
 その中庭の端っこにジョー踞み込み地面をじっと見ていた。

「これ、ぼうやのでしょ?」
 ふいに後ろから声を掛けられジョーは驚いて振り向いた。
 最初に目に入ったのは大きな空色の瞳。額に掛かる柔らかそうな栗色の髪・・・。そして手にしているペンケース・・・。
「そこに落ちていたわ」
 ジョーは芝生に放り投げたバッグを見た。口が大きく開いていた。
 頷くように頭を動かしジョーはその白い手からペンケースを受け取った。そして視線を上げ・・・大きな空色の瞳が細くなるのを見た。
 小柄の細い・・・母と同じくらいの・・・いや、母よりは華奢な身体(からだ)を大きなストールに包み・・でも、ふんわりとした笑顔は同じかな・・・。
「どうしたの?」
 怪訝な声にジョーは自分がその女性を不躾に見つめていた事に気がついた。思わず視線を逸らす。
「この国の言葉を習っているの?」
 女性はバッグからはみ出しているテキストを見て言った。「少しは・・わかる?」
 何も言わないジョーに、女性はまだ言葉がわからないのだろうと思ったのかゆっくりと言った。ジョーはちょっとだけ口元を引き上げると頷いた。
「ジョー」氷室だ。「今日は検査があるから真っ直ぐに部屋に戻るように言ったと思うけど」
 そう言いジョーの横にいる女性に頭を下げ、おいでとジョーに手を差し出した。
 バッグを拾い渋々とジョーは氷室に従った。
 ふと後ろを振り返ると女性はジョーを見たままふんわりと笑みを浮かべていた。

 次の日、またもや一番で学習室を飛び出したジョーは中庭に入り、しかしいつもの端っこには行かず真ん中に立ってグルリと広い中庭を見回した。
 花もほとんど咲いていない花壇の横のベンチに彼女はいた。ジョーはあの空色の瞳が見たいと思ったが彼女のそばに行く事もできず、その場に突っ立っていた。と、
「あら」
 女性がジョーの気づき微笑んだ。
 だがジョーは回れ右をしていつもの端っこに走って行った。踞み込み地面のアリに目を向ける。
 女性はベンチに座ったままだった。

「もうすぐクリスマスだね」新しい学習プリントを持ってきた南部が言った。「別荘の使用人達が君のために何かしたいと言っていたよ。院長の許可は取ってある。22日に別荘に戻ろう」
 クリスマスだからってどうして帰るのかとジョーは思ったが、勉強しなくてもいいのならそれでもいい、と思い頷いた。
 というか・・・クリスマスってなんだろう。島の友人達が話しているのを聞いた事があるが・・・。
 いや、父がクリスマスの事を何か言っていた・・・。
 あれはいつ?
「どうしたね?」
 ジョーの顔が赤くなり、みるみるうちに青くなっていった。
 南部はジョーの肩に手を掛けたが彼は首を振ってその身を引いた。

「もうすぐクリスマスね」
 女性が言った。地面の蟻に向けていた目をジョーはフッと上げた。
「あなたはおうちでクリスマスを迎えるのね。いいわね。私にもあなたぐらいの男の子がいるけど今年は帰れそうにもないわ」
 初めて会った日から何日経ったか・・。いつの間にか2人は一緒にアリを見たりベンチに腰掛け女性が持ってきたお菓子を摘んだりするようになっていた。
 もっとも彼女は療養施設ではなく病院の方にいるので毎日出歩けるわけではなかったが。
「今年もあの子は施設で過ごすのね・・・」
 1人でクリスマスを過ごすのがそんな悲しい事なのだろうか。が、ひとり言のように続く女性の言葉を聞きながらジョーは彼女を慰めたいと思った。
 だが、クリスマスがなんなのか、なにをすればいいのかわからない。賑やかにパーティをすれば喜ぶかな?とも思ったが、それとは違う気がする。それに・・・
「そうだわ。あさって息子がお見舞いに来るの。ぜひお友達になって」
 女性は胸もとのロケットの中の写真を見せたが、ジョーはそれとわからないように目を逸らしていた。
 クリスマスなんてどうでもいい。別荘に帰るよりここにいたい。
 彼女の息子なんて知るもんか。ここで彼女とクリスマスを迎え・・・いや、だめだ・・・。彼女とも・・誰とも迎えられない・・・。
 だって初めてのクリスマスは・・・
「あら、雪・・・」
 温暖なこの国には珍しい白い訪問者が、驚く2人の上にソッと舞い降りた。と、女性が  ジョーの手を取り自分の掌の上に重ねた。
 2人の手が降る雪を受ける。
「ね、約束よ。あさってのこの時間にここに来て。息子を紹介するわ」
 空色の瞳が雪の合間でフワッと微笑む。ジョーは手を引く事は出来なかった。

「早く帰りたい?22日より前にかね」
 普段は自分の気持ちなど言わないジョーのおねだりに南部はちょと戸惑った。
「それはかまわんが、私は会議で君と一緒にクリスマス休暇を過ごせそうもない」
 彼はユートランドシティ内に自宅があり、海が見える別荘にはたまに来るぐらいだった。
 ISOの重鎮である南部は研究の他に会議や若手科学者の養成などの仕事があり、どうしても勤務時間が不規則になる。ISO近くに家がある方が便利なのだ。
「その代わりに私の友人の息子を別荘に招待した。君と同い年の男の子だ。きっといい友達になる」
 同い年の男の子・・・。
 その子は自分の言葉がわかるだろうか。そして自分も・・・。
 早く帰りたいなんて言わなきゃ良かった。クリスマスを誰とも過ごすつもりはない。
 いや・・できれば島へ・・・両親と過ごしたあの島へ帰りたい。
 クリスマスも何もいらないから・・・。

「おかえりなさい、ジョー」
 部屋に戻ると別荘のメイド頭のアニーがジョーの荷物を手際よくバッグに詰めていた。早く帰りたいというジョーの願いを訊き入れ1日早く迎えに来たのだ。
「着替えはあちらにもあるし・・・。ジョー、お勉強の道具を忘れないようにね」
 やっぱりあっちでも勉強するのかとジョーは口元を尖らせたが、アニーの言うとおりテキストや辞書をまとめてリュックに入れた。
「いつもこんな時間に学習室から戻るの?すぐに夕食になるわね」
 いや、今日はいつもより遅かった。
 今日帰るのでクリスマスにはここにはいないとあの女性に言いたかったのだ。だから彼女の息子とも会えない、と・・・。
 だが彼女は中庭には来なかった。
 ジョーはじっと待っていたが日が暮れて来たので看護師に部屋に戻るよう言われたのだ。
「さあ、氷室先生に挨拶に行きますよ」
 運転手にバッグを持たせアニーが言った。

 別荘に帰ってもジョーのする事はなかった。
 南部の言ったとおり使用人達はジョーのためにクリスマスの飾りやご馳走の計画を立て彼の要望も訊いたが、ジョーはただ首を振るだけで何も言わず・・・やがて使用人も諦めてしまった。
 南部が言っていた彼の友人の息子も、入院している母親の具合が悪くなったとかで結局別荘には来なかった。そして南部も26日の夜まで帰っては来なかった。
 1人過ごす休暇は、だが寂しいとは思わなかった。それより女性との約束が気になった。
 自分が望んだ事とはいえ何も言わず帰ってしまった自分をどう思っただろう。
 あの中庭で彼女は待っているのだろうか、息子と一緒に。


          ×       ×       ×       ×       ×


「あ、雪だわ」店も終わりシャッターを締めようと外に出たジュンが言った。「珍しいわね、この国に雪が降るなんて。今年はホワイトクリスマスかしら」
「本当だな」
 続いて出て来たケンとジョー、そしてリュウが珍しそうに空を仰いだ。
「ねえ、お姉ちゃん」店の中からジンペイが声を掛けた。「北の方の国ではクリスマスの時に雪が積もって、ソリに乗ったサンタがプレゼントを持ってくるんだろ?」
「そうよ」
「ユートランドは雪が積もらないのに、なんでサンタはソリに乗っているの?」
「・・・え」
 そういえばそうだ。めったに雪の降らないこの国のサンタのスタイルも、やはりファー付きの衣装にトナカイ率いるソリに乗った格好で出て来る。
「それは・・・」
「ジンペイ、もっと南の国ではサンタはサーフィンに乗ってくるんじゃ。もちろんトナカイもじゃぞ」
「うっそだ~!」
 賑やかな2人の声を聞きながら、ふとジョーは手を伸ばしまだ雪ともいえないような白く淡いものをその手に受けた。かすかに冷たく・・しかし大きな掌の上でそれはすぐに融けた。
「どうした、ジョー」ケンが覗き込む。「顔がにやけてるぞ」
「・・・昔、ちょっといい女がいてよ。彼女の掌の上で雪が融けて・・・それがとても・・なんていうか・・・暖かくてやさしくて・・・。とにかくいい感じだったんだ」
「へえ、ジョーの彼女かい!」
 話を聞きつけたジンペイが言った。
「いや、残念ながら人妻だ。子どももいたしな」
「愛があれば人妻だっていいじゃないか」
「なま言ってンじゃねえ」
 エヘヘ・・・と笑うジンペイのオデコをパチンと弾きジョーは再び空を仰いだ。
 そういえばあれから彼女とは会っていない。他の地で療養するために転院したと言ったのは誰だったか。
 彼女との思い出も約束も今の今まで忘れていた。もう顔さえもさだかではない。なのに あの白い手だけはよく覚えている。
「よほど想い入れの深い
ひとだったんだな、ジョー」
「いや、何回も会っていないし・・・そうだ、名前さえも知らなかった」ふと自分を見ているケンに目を向けて、「そういえばお前に似ているな、その
ひと
「えー、ジョーの彼女なんてイヤだなぁ」
 空色の瞳が笑う。ふんわりとしたやさしい笑みだ。
 忘れていた暖かい想いが雪の代わりにジョーを包んだ。


                                         Fine
                                           
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22:38  |   Gフィク  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●覚書き

ユートランドってどこにあるんだろう?
名称が似ているユトランド半島の辺りかなと思ったが、年中半袖の彼らにその地での冬は厳しいだろう。

だとしたらもっと南?

淳フィクではジョーの故郷とユートランドでは言語が違う設定になっているので、モデルのシチリア島と言語が違う地域で探すと・・・サウジアラビアや東アフリカの辺り?

ん~、イメージがちと違う。
出来れば今のユーロ圏がいいんだけどなぁ。

などと考えるとなかなか結論は出ないものの・・・楽しいv-354
淳 | 2011.12.26(月) 13:11 | URL | コメント編集

●データが戻ってよかった!

思わず ”Promessa”も読みに行ってしまいました。
でもってまた号泣して帰ってきました・・

命は助かったけれど、その代償は大きかったよね、ジョー。
かまわねぇ、突っ込んじまえ!郷に入れば郷に従えだぜ!・・って思って頑張ったのかしら?

>2人の手が降る雪を受ける
そのころ、暴れん坊といわれた彼女の息子は泣き虫のサブをいじめっ子から助けていたのか?

>ユートランドってどこにあるんだろう?
ナントカ「ランド」ならニュージーランドもアリだけど、気候的にはオーストラリアの方が近いところがあるかな?
当時は漠然とアメリカだと思っていました(苦笑)

>なかなか結論は出ないものの・・・楽しい
御意<(_ _)>
南部響子 | 2011.12.26(月) 23:19 | URL | コメント編集

●南部響子さん

>帰ってきました・・・
おかえりなさい・・・←?

ファイルが真っ白!に、頭の中も真っ白!になりました。
いつもならデスクトップに移すのに、これに限ってはメモリからそのままアップしよう、と考えていたら・・・。
復活して良かった~~。

>暴れん坊といわれた
あはは・・・そうか、親が思うほど子どもって弱くないよね。
強がって・・・自分が置かれた状況に対応しようと頑張っていたのかな、彼も。

>漠然とアメリカだと
淳はヨーロッパだと思っていました。
それもデンマークとかオランダの辺り(海に面しているので)・・・寒いよね。

実は、こんな「覚書き」もある・・・↓

『思いつくままに書いていたこの話は元々クリスマスの話ではなかった。
見直した時、時期的に合うんじゃない?と安易な考えで急遽クリスマスフィクに移行(?)されたのだ。

最初の予定ではジョーと女性との交流をもっと細かく書こうと思っていた。読み返してもあまりにもあっさりとしていておもしろくないから。
だがそこは読んだ方に・・それぞれに託そうと思い直した。

決して書くのが面倒になった(おいおい)わけではない。
淳自身も他の方のフィクを読んでいると頭の中に映像が広がってきて、それがとても楽しいからだ。
読んでいる方がその余白を想像し体験できれば・・・。

そう、決して自分がそれを伝える文章力がないから・・・とは思いたくないが』


いつか、ちょこちょこと細かいシーンも書くかも。



淳 | 2011.12.27(火) 12:34 | URL | コメント編集

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