2012.02/22(Wed)

思慕 前編

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「本当ですか、南部博士」
「ああ、本当だとも」キラキラと輝く幼い青い瞳に、メガネの奥の南部の眼も思わず綻んでしまう。「君はやりたい事をやっていいんだよ、ジョー。もちろん車の免許も取っていい」
「やったー!」普段はあまり感情を表に出さないこの子どもが右手を振り大声を上げた。「ラルフもレイトもまだダメだって親に言われたんです。だけど─」
 この国では自動車の運転免許証は13才から取れる。しかし実際にこの年齢で試験に合格するのは稀で、ほとんどが15才から上だ。
 つい先日13才になったジョーには教習や試験を受ける資格がある。が─
「だがな、ジョー。その前にエスペラントを完璧にマスターしなければならないよ。試験は世界共通語で行われる」
 あ・・・と子どもが口を閉じた。
 彼が生まれ育った国の言葉も、いま暮らしているこの国の言葉も日常会話なら不自由はしない。だが─。
「君が本気で学ぶのならエスペラントの教師を付けてあげられるよ」
「・・・・・」
 南部の申し出に、しかしジョーは言葉を飲み込んだ。
 他の国との行き来がまるで隣の町に行くように簡単な現代とはいえ、世界を飛び回る職業、あるいは科学者などの専門職以外の人々はおそらく自国の言葉だけで日々を過ごしているだろう。 それで充分なのだ。
 もちろん世界共通語を覚えるのはジョーにとってはプラスになるはずだが。
 ジョーが何も言わないので南部は彼が遠慮しているのだと思った。彼の面倒を見て5年。もっと甘えてくれてもいいのだが。
「エスペラントを学んでみるかい?試験だけではなく、君の将来のためにも役に立つと思うよ」
「でも・・・」
 ん?と南部がジョーに目を向けた。が、ジョーはそれ以上何も言わなかった。

「博士が許してくれたの?へえ、すごいなあ!」ジョーに向けられた空色の瞳が無邪気に驚いている。「いいなぁ。ぼくは、“だめだ”って言われたのに」
「空と地上とでは違うさ」
 大人っぽい顔で妙に大人っぽい事を言うジョーを健は怪訝そうに見つめた。
「なにをスネてるんだ?博士のお許しが出たんだからいいじゃないか」
「・・・・・」
 それはそうなのだが。
「それとも・・・諦める?」
「やだ!」
 即答し、ジョーは頬を赤らめた。
「それなら問題ないじゃないか」ニッと頬を歪める健を見る事ができず、ジョーは顔を逸らした。「やりたいと思った時にやっておいた方がいいぜ。後で後悔しないためにも」
「でも・・・」
 博士と同じだ。健もわからないんだ。ジョーはかすかに息をついた。
 夕食後は自由時間だが、寄宿舎の消灯は早い。ジョーは苦手なレポートと格闘する前に諦めていた。
「明日、学校の帰りにエスペラント語の塾に寄るんだ」
「へぇ、ぼくも一緒に教えてもらおうかな」健はジョーのデスクに置かれたエスペラント語のテキストを手に取り言った。「何かに夢中になれるのはいい事かもしれないぜ」
「・・・・・」
 そうだ、わかっている。だけど、違うんだ。
 自分から言い出した事だがジョーはちょっと後悔していた。

 翌日の放課後、“一緒に行く”という健を振り切り、ジョーは一人バイクを飛ばしていた。
 普通の方法で奴の追跡を躱すのは難しい。そこで友人に、“先生が健を呼んでいる”と言わせたのだ。
 健が職員室に向かった隙にジョーは学校を出た。後で何か言われるだろうが知った事ではない。
(車の免許もバイクのように、この国の言葉で試験すればいいのに)
 暗記は得意だ。その先いつまで覚えているかは別として、試験の前にテキストを読めば大概は頭に入る。
 実際車の運転も、博士の私有地で散々乗っているので自信はある。試験がエスペラント語でさえなければ明日にでも車の免許は取れるだろう。
 そう思いながらジョーは大きなガラス戸に手をかけた。
 ギィ・・と戸が開く。目の前の階段を上がるとまたドアがあった。しばらくそのドアを見つめ、だが思い切って押し開けた。
「Bonan tagon」女性の声に、だがジョーは何を言われたのかわからなかった。「エスペラント語で〝こんにちは〝よ。ジョー・南部君ね。私の名はルシィ、君にエスペラント語を教える講師よ。よろしく」
「・・・・・」
 差し出された手に、オズオズとジョーも手を出す。ギュッと握られびっくりして思わず手を引いた。
「さっそく始めましょ」
 ルシィと名乗った女性・・・講師は別に気を悪くする様子もなく、彼に座るようにとイスを指差した。

「ぼくを騙して置いて行くなんてひどいなぁ、ジョー」
「なんでお前まで一緒に行くんだよ。エスペラントを習うのはおれだぜ」
「ぼくだって知っておいた方がいいもん」
「とにかく付いてくるな。習いたかったら別の講師を博士に付けてもらえよ」
「それは君の講師が美人だから?」
「べ、別にそんな理由じゃあ─なんで女だって知ってんだよ!」
 あはは・・・と笑う健に、やはりこいつには敵わないのかとますます不機嫌になる。
 だがジョーのエスペラント習得は順調だった。
 学校の成績も悪いわけではない。ただ興味があるかないかの違いだった。
「ジョー、もう少しちゃんと勉強すればぼくより優等生になれると思うよ」
「やなこった」
 優等生と呼ばれるのがいやなくせに。おれに肩代わりさせる気か?
 健が手にしたエスペラント語のテキストを引ったくりジョーが口元を曲げた。

「すばらしいわ、ジョー。こんなに短期間でここまでマスターできるなんて」ルシィはジョーを抱きしめ、よしよしと頭を撫でた。「車のライセンスはもちろん、会話にも不自由しないわ」
「・・・・・」
 子ども扱いはいやだが褒められては悪い気はしない。それにこれでもうここへ通う必要はなくなる。嬉しいが・・・ちょっと残念な気もした。
「私はジョーに会えなくなって寂しいけど」緑色の瞳がかすかに細くなる。「そうだわ、ジョーはカー・レースに興味があるって言ってたわよね。私の友人がグラーク・レーシングチームのメカニックをしているの。頼めば見学させてもらえるわよ」
「ほんとに!?」
 ええ、と頷くルシィにジョーが瞳を輝かせた。

「いいなぁ、ジョー。今度はサーキット見学だって?」
「だから、なんでそーいう事を知ってんだよ!」
 夕食後、部屋に押しかけてきた健の開口一番にジョーは声を荒げた。こいつ絶対にスパイの訓練を受けてるよな。
「だめだぜ、健。これは本当に無理だ。部外者がそう多くは入れないんだ」
「そうだろうね」ちょっと残念そうに、しかし納得したように健が頷いた。だが、「グラーク・レーシングチームはあまり評判が良くない。気をつけろよ」
「・・・・・」
 気をつけろっていったい何を─。
 だが健はそれ以上何も言わなかった。

 目の前を疾走するレーシング・カーにジョーは目を見張った。
 車は好きなので南部博士の自家用車をいじったり乗り回していたが、勝敗を賭けて走る車を  間近で見たのは初めてだった。
「ジョー」そんな彼の姿に目を細めたルシィが呼んだ。「紹介するわ。友人のハリーよ。この子が ジョー。前に話した私の教え子」
「車の免許を取るためにエスペラントを習っているんだってね」40才くらいだろうか─ハリーが右手を差し出した。「おれもそれで苦労したよ」
「─よろしく、ハリー。今日はありがとう」
 一瞬躊躇ったもののジョーは引きつった笑顔を見せ─本人には精一杯の笑顔なのだが─握手を受けた。
「ルシィの頼みじゃ断れないよ。見て回るのはいいがレースが始まったらマシンには触れないでくれ。減点になる」
「わかってる」
 今はまだ予選走行だ。このタイムによってレース本番のスタート順位が決まる。
 ジョーはピット内の邪魔にならない隅っこに移動した。
 だが若い彼はいつまでも隅っこでおとなしくしてはいられない。いつの間にかコース間近のエリアでマシンの走行を見ていた。
 今はまだ子どもで、南部の庇護がなければこの国で暮らしていく事はできない。
 でもいつか・・・もっと大きくなって、一人で生きていけるようになったら・・・。
 自動車の免許はその最初の段階だ。そこから一歩一歩上を目指す。そしてどこかのレーシング・クラブに入ってレーサーになるんだ。
 エキゾースト・ノートとブレーキング・スモークを撒き散らし走るマシンに、ジョーは己の夢と想いを乗せた。



                                          つづく



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Comment

●覚書き

なにげなく冒頭を思いついたので書き始めたが・・・え~ん、なんだかだんだんとルシィの設定が広がっていくよお。
書き始めた時はここまで広げるつもりはなかったのに。

「ルシィ」の表記にちょっと迷った。
ふつうに書けば「ルシー」かもしれないが、#27でジョーもカッツェ、総裁Xさえも「ルシィ」と「ィ」をしっかり発音していた。
淳もやはり「ルシィ」と聞こえる。
淳 | 2012.02.22(水) 12:45 | URL | コメント編集

>つい先日13才になったジョー
きゃ~v-10
健ともども変声期の二人はどんな声で話していたのかしら?

南部博士、密かに録音とかしていなかったのかなぁ

波乱含みの展開に後半がとても気になります
響子 | 2012.02.23(木) 16:02 | URL | コメント編集

●響子さん

>変声期の二人
ええとね、ここはまだ変声期前のイメージなの。
それならそれで聞いてみたいけどねー。

>密かに録音
密かに服に録音機をつけて、「このくらい見破れなかったのかね」って?
ISOの技術なら、そうとバレるような物はつけないわよね。
パパに訊いてみて、キョーコさん。
淳 | 2012.02.23(木) 19:25 | URL | コメント編集

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